第17話
早めの昼食を終わらせた二人は、無駄話をすることなく早々とファミレスを後にした。俺たちも彼女たちを見逃さないよう、急いで食事を済ませ二人の後を追った。
ただ二人の足取りを見る限り、どこか目的地に向かって歩いているようには見えない。いかにも目的がなく、目に入ったお店を覗くといった感じだ。いわゆるウィンドウショッピングというヤツだろう。俺はやったことないからわからないけど。
「随分じれったいことをしているわね。時間の無駄でしかないわ」
一緒に二人をつけるアイネも、同じような感想を抱いていた。彼女は俺と違いサキュバスなので、女性特有の気持ちや趣向を理解できるかと思ったが、どうやらそうではないらしい。まあ夢魔族は性的なことしか見えていない傾向があるからな、無駄なことに時間は割かない。生粋のサキュバスであるアイネなら、なおさらだ。
と感想を抱きながらも、尾行を続ける俺たち。ただ駅前の時のようにこそこそ後をつけたりせず、堂々とモール内を歩いている。休日の昼間というのもあり、モール内は人で溢れかえっている。なら普通に歩いていたとしても、変身している俺たちならバレることはないだろう。むしろこそこそしていたら別の意味で怪しまれる、そう判断しての大胆な尾行だ。
「何か買いたいものがあるんじゃないの? 摩耶さん、そこまで裕福じゃないから、値段とかも吟味してるかもだし……」
「値段で吟味って、可哀そうな人生を送ってるわね。吟味するのはおもちゃの性能だけでいいのに」
あまりにも直球すぎる意見だが、俺はもうツッコまなかった。何故おもちゃを吟味するのか、それが本当におもちゃなのか、俺はすぐに思考を放棄した。考えるだけ無駄だ。
「……でも確かに、摩耶さんが何を買おうとしているのか、わからないんだよな。入る店にも統一感がないし……」
それでも俺はアイネと同じように、二人の行動理念の一切を理解できなかった。それなりに後をつけてきたからわかるが、二人が入るお店に法則性がない。具体的には本屋、CDショップ、服屋、百均、などなど……いろんな種類のお店を訪れている。しかもその全てで何も買わずに出てくるのだ。ウィンドウショッピングで片付ければそれだけだが、妙な違和感が俺の中から取れなかった。
加えて周りの客による喧騒で、二人の会話が聞き取れない。それさえわかればまだわかるかもしれないのに、未だにわからず仕舞いだ。近づけば聞こえるかもだが、さすがにバレる危険が高まる。どちらにせよ、今の尾行を続けるしかない。
「そんなの、最終的に何を買ったかでわかるわよ……ほら、また別の店に入ってくわよ」
「お、おう……」
アイネに諭され思考を止めると、摩耶さんたちがとある店に入っていくのが見える。その店はごくありふれた雑貨店、更に何のために入るのかわからない店だ。何はともあれ入らない選択肢はない。二人の後を追いかけるように、俺たちも入店した。
店内はどこかレトロチックな雰囲気を感じるところだった。店内音楽も落ち着いたものが流れており、肩の緊張感を和らげてくれる。加えて時間帯的に人もそこまで多くなく、特定のグループの会話も方法次第では聞こえるようになった。この環境下なら摩耶さんたちの会話もばっちり聞こえ……
「……止まって、ユーマ」
アイネの制止の声が聞こえたのは、そんな時だった。気怠そうだったり、誘惑気味の甘い声だったりなど、普段のアイネの声とはまた違う声。珍しく彼女が吐く、本気の真面目な声色だった。だから俺も、条件反射で足を止める。
何故アイネが急にそう命じたのか。その理由はすぐ明白となった。
アイネが見つめる視線の先、そこには商品を物色する摩耶さんたちの姿がある。黒羽は事前に何を買いたいのか知っているようで、真剣な顔で商品を吟味していた。ごく普通の高校生の姿と言わざるを得ない。
黒羽は別にいい、問題は摩耶さんの方だ。摩耶さんも黒羽と一緒に商品を眺めていたのか、その手には近くにあった商品が握られていた。しかしその美しいお顔は、何故か俺たちの方に向けられていた。たまたま視界に捉えたとかそんなのではない、完全にしっかりと俺たちを見ていたのだ。
確かにこれは驚く。マイペースなアイネに緊張感を走らせるのも、十分に頷ける。しかしここで妙に怪しまれるのも厄介だ。アイネとアイコンタクトを取り、自然な足取りで摩耶さんの視界からいなくなる。焦って逃げても、余計に怪しまれるだけだ。
「……どうかしたの、まーや?」
「ううん。ただちょっと、見られてる気がして……」
「もう……見られるのはいつものことじゃん。まーや美人だし」
「そういうお世辞はいいから」
黒羽が話しかけてくれたことにより、摩耶さんも一旦は黒羽に笑顔を向けた。その隙を狙って俺たちは摩耶さんたちから距離を取り、より遠目で観察する。俺もアイネも尾行には自信がある、だからこそこの事態は予想外だった。
「バレた、のか……?」
「わからない。アタシたちの、夢魔族の尾行を、普通の人間が見破れるとは思えないわ」
「俺も、そう思う……」
一切疑うことなく、俺はアイネの意見を肯定する。これは異常と言っても差し支えない、アイネの摩耶さんを見る目も変わったからな。
夢魔族の変身魔法は、ほぼ完璧に近い完成度を誇る。中にはドッペルゲンガーともいえるくらい精巧な変身が出来るものもいるくらいだ。もちろん俺もアイネも変身魔法は得意だ、他人のなりすましくらいどうってことない。
故にそれを見破ることは難しい……そのはずなのに、摩耶さんはまさに、見抜いたかのような目で俺たちを見ていた。もちろん完璧に見抜いた……俺たちが俺たちであることまでは見抜いていないはずだ。それでも変身魔法による違和感くらいは、もしかしたら気づいていたかもしれない。
「……出るわよ、ユーマ。ここは危ないわ」
ここ最近でも聞いたことないような冷静沈着な声が、アイネの口から聞こえる。アイネとて、自身の正体を勘づかれるわけにはいかない。例えベッドの上では大胆であっても、それ以外のところではしっかりリスクリターンを考え行動する。それが一流サキュバスとして君臨する、アイネの流儀であった。
それには俺も異論はなかった。コクンと頷いた後、俺たちはさっさと雑貨屋を後にした。
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