第16話
アイネとひと悶着あったが、摩耶さんを見失うことはなかった。しっかりと一定の距離を築きながら、俺たちは摩耶さんたちと同じ目的地に向かった。
その目的地というのは、電車で十分くらい離れたところにあるショッピングモールだ。映画館やゲームセンター、各種売り場にレストランなど、暇つぶしには困らない老若男女の味方だ。加えて最近の流行りというものもドンドン取り入れているのもあり、若者の姿もそれなりに見かける。デートスポットとしては十分なところである。
ちなみに何故俺がこんなことを知っているのかといえば、もちろん今後摩耶さんとデートするときのために下調べをしたからだ。まさかこんな形で活用されるとは、調べていた時の俺は予想もしなかっただろう。
モール内に入った摩耶さんたちはまず、お昼ご飯を取るためかモール内にあるファミレスの中に入った。まだ11時を過ぎたくらいでお昼にするには早い時間だが、休日ともなればレストラン等の食事処の混雑は避けられない。それを危惧しての行動だろう。
二人がファミレスに入ったことを確認して、俺たちもファミレス内に入っていく。基本的には摩耶さんたちの会話を聞きたいから、摩耶さんたちが座る席から程よい距離の席に腰かけたいところだ。ただそのくらいのこと、夢魔族にとっては造作もない。一時的に店員さんの意識を乗っ取り、自分たちの都合のいい席へと案内してもらった。
「ファミレスなんて久しぶりに来たよ~ありがとうね、いっちゃん」
「いいのいいの! まーやのためならこのくらい、どうってことないから!」
摩耶さんの些細な一言に対しても、黒羽のテンションは格段に上がる。摩耶さんからの感謝が頂けるのであれば、その身を削ったとしても後悔しない。そのくらいの勢いを、その返事からは感じた。
ただ実際黒羽にとっても、どうってことはないのだろう。摩耶さんと一緒に出掛けられる、それだけで大満足だろうし。それにこのファミレスは値段がお手頃なのが売りなので、財布的にもダメージは少ないはずだ。
「……ねぇ? なんか頼んでいい?」
「ん、あぁいいぞ。常識の範囲内なら奢るから。俺の分も適当に頼んでおいてくれ」
「りょーかい」
メニュー表を眺めるアイネにそう言いながら、俺の耳は常に摩耶さんたちの方に傾ける。ついて来てもらって悪いが、あまりアイネに構っている余裕はないのだ。彼女の場合、程よく奢っておけば問題ないから放置しておこう。傷つくのは財布の中身だけだ。
向こうの席も注文を済ませていたようで、二人で楽しそうに談笑していた。男でまだ付き合いの浅い俺相手とは違い、摩耶さんは非常に和やかな笑顔を浮かべていた。そこはさすがに付き合いの長い黒羽が相手だ、肩ひじを張る必要もないのだろう。
もちろん俺は嫉妬したりしないし、二人の邪魔をしたいとも思わない。摩耶さんにも黒羽の前でしか見せない顔があるし、それを楽しむのもまた一興だ。それに本来の目的である「俺について今どう思っているのか」を聞くことも出来なくなる。だからこのまま傍観、というのが正解だ。
しかしそう思っているのは、あくまでも俺だけだ。ここは学校ではない、故に想定しない害が彼女たちに手を伸ばす。
「彼女たち! 二人だけ?」
「よかったら一緒にどう?」
摩耶さんたちが楽しそうにしゃべっている間に、無粋な声がかかる。その正体は見知らぬ二人のチャラそうな男性、そして二人ともが摩耶さんの美貌に目を奪われていた。
驚くようなことでもなかった。校内ではその視線をかき集めている摩耶さんの美貌は、もちろんのこと校外でも十分通用する。それこそ今みたいに、彼女の素晴らしさを何もわかっちゃいないチャラチャラとした男たちがよりついてくるくらいに。
だが彼らは一つだけ、致命的なミスを犯している。それは声をかけるタイミングだ……よりにもよって隣に凶悪な番犬がいるというのに。
「……消えろ」
彼女の周りだけが氷点下まで寒くなるくらいの、恐ろしい雰囲気が蔓延する。視線をずらせばそこにいるのは、鬼の形相で男たちを睨んでいる黒羽であった。しかもその表情が摩耶さんには見えないよう、絶妙な角度が施されていた。
ただ黒羽をよく知る俺からしたら、「だろうな」と思う展開だ。俺でさえ、摩耶さんの素晴らしいところを知っている俺でさえ、黒羽からは敵視されているのだ。それが摩耶さんのことを何も知らないヤツ相手なら、もはや言うまでもないだろう。
「ご、ごめんなさい……」
「す、すぐ消えますぅ……!」
チャラい雰囲気など一瞬にして消え去った男たちは、脱兎の如く素早さで二人から離れた。それと同時に周りにいた、彼らと同じく摩耶さんを狙っていた者たちが一斉に目を逸らした。恐れるのも無理はない、獰猛な番犬に立ち向かおうなど誰も思わないからだ。
「……何だったんだろうね、今の?」
「気にしなくていいよ、まーや。すぐいなくなった辺り、大した用なんてないわよ……あ、料理も来たみたいだし、早いとこ食べちゃおっか」
「そうだね! わぁ……お外で食べるの久しぶりだなぁ……!」
店員さんが運んでくる料理に目を輝かせていた摩耶さんは、既に数秒前の出来事など忘れていそうだった。黒羽はこれも計算に入れていたのだろうか……してそうで怖いわ。
と一旦会話を打ち切った二人は、本格的に食事を始めていた。美味しい、美味しいと言いながら料理を口に運ぶ摩耶さんの笑顔は、また素晴らしいものだ……それだけに、それを間近で見れないことが何よりも悔しい。見る機会すら、この前あったというのに。
「……あの様子だと、どうせすぐに会話は始まらないわよ。こっちも頼んだもの来たみたいだし、ちゃっちゃとお腹でも満たしたら?」
「あ、あぁ、そうだな。早いとこ腹を満たして……」
横からアイネの提案が聞こえてきたので、俺は一旦摩耶さんから視線を切る。しかし俺の口は、不意にそこで止まったのだった。知らない間にテーブルに並べられていた注文の品に、ものすごい違和感があったからだ。
「あの、アイネ……これは、なに?」
「なにって、変なものは何もないじゃない? ユーマもアタシも肉が好きだから、ステーキを頼んだけど、マズかった?」
「いや、そこはいい。確かにステーキは好きだし、この店のものは良く食べてる。でもそうじゃなくてだな……」
「あとステーキ以外のものなんて……このカップルジュースだけよ」
「それだよ! それがおかしいんだよ⁉」
我慢できず俺はツッコんだ。普段はあまり逆らわないアイネが相手だとしても、ここで異を唱えずにはいられなかった。
俺たちのテーブルの上には、普段もよく食べているステーキセットが二人分置かれている。それはいい、問題はテーブルの中央に鎮座している巨大なジュースだ。
メインのステーキなんかよりも存在感を放つそれは、ただのジュースではない。備え付けてあるストローはどういう作りになっているのかは不明だが、が中央でハート型に曲がっている。どっからどう見ても、バカップルしか頼まなそうな、そんな一品だ。
「なんでこんなもの頼んだ? アイネ、こういうのが一番嫌いそうなのに……」
「そうね、あんま好きじゃないわ。でもユーマが恋人偽装したいって言ったんじゃん。だったらこのくらいしないといけないんじゃないの?」
「た、確かにそうお願いしたけどさ……」
一切の悪気のないアイネの発言に、俺も表情を引きつらせる。確かにここまですれば、100%恋人として見られることだろう。ただそれはそれですごい目立つから、できれば避けたいところだった。お互いに変身しているから正体がバレないとはいえ、変に怪しまれるのも厄介だし。
その辺りのリスクリターンくらい、アイネならできて当たり前のはずだ。彼女は俺なんかよりも優秀な夢魔族の人間だからだ。だとすると……
「……まあ本当の目的は、ユーマをからかいたいだけなんだけど」
「そんな気がしたよ……」
キシシと笑うアイネの笑顔。小悪魔と呼ぶに相応しいアイネの笑顔に、俺は仕方なく観念する。これがアイネの本質だと思えば、不思議なことでもなんでもない。そしてどうせ拒むことは出来ないのだ、ここで無理に刺激して帰られる方が俺にとっては不都合。なら全力を持って、アイネのおもちゃになるしかないのだ。
摩耶さん、ごめんなさい。でも心の中ではいつだって、貴方が一番なのです……目を瞑りながら俺は魂に言い聞かせるように心中で繰り返す。
「……わかった、飲むよ。でもあくまでの水分補給のためだ、それ以外の意図なんてない」
「わかってるって、そんなこと。ただのお遊びみたいなものよ、ユーマもそういう意図で楽しんでくれたらいいから」
「ホント、言葉に容赦がねぇな……」
アイネの容赦ない発言に、俺はもう驚きもしない。これ以上からかわれるのも嫌なので、さっさとストローに口をつけた。中身はフルーツを元とした清涼飲料水のようだ。爽やかな味わいで口の中がさっぱりする。
俺の続く形で、アイネも反対側のストローを口に咥えた。ただそこはサキュバスの悪癖が出ているというか、ジュースを飲んでいるだけなのにとても卑猥だった。
ちょっと咥えればいいのに、ストローの根本の方までガッツリと咥える。更にとても意味があるとは思えない、ストローを用いた上下運動。極めつけはストローから一旦口を離してからの、妖艶な舌での舐め回し……アイネの中の辞書には、ムードという単語は存在しない。もしあるとしたら、それは恋人としてのムードではなく、性的なムードであろう。
これには俺も、視線を奪われずにはいられない。いくらインキュバスとはいえ、体験はなくとも性的な光景をたくさん見てきたとはいえ、無条件でアイネに視線がいってしまう。男というのはそれだけ単純な作りになっている、残念な生き物なのだ。
もちろんその視線に、アイネが気づかないはずがない。ストローから離れると、ニタニタとしたわざとらしい笑みを俺の方へと向けてくる。
「あれあれ~あの子一筋じゃなかったの? やっぱユーマもなんだかんだでインキュバスだわ~すっごいヘタレだけど、性的なこと大好きなんだね~」
「う、うるせぇ!」
急激に顔が熱くなるのが肌で実感する。実際間違ったことは言っていない気もするので、否定できないところが悔しいところだ。その悔しさと熱を消すためにも、俺はやけくそ気味にジュースで身体を冷やした。
「……そういえばさ」
不意に聞こえてきたその言葉は、アイネのものではなかった。尾行対象である摩耶さんと一緒にいる黒羽のものだ。まだ食事中ではあるが、何か話でもあるだろうか。アイネから一旦意識を逸らす俺は、全力で摩耶さんたちの席の方に耳を傾けた。
「まーやのクラスにいる夢宮って男子いるじゃん?」
「え、遊馬君のこと? 珍しいね、いっちゃんの口から男の子の話題が出てくるなんて」
「別に、私は全っ然興味ないわよ。まーやと一緒にいるところを、よく見かけるからね」
やはり案の定、俺の話題のようだ。なおさら聞き逃すわけにはいかない。
「でも最近、あまり一緒にいるところを見かけてないから、何かあったのかなって」
「あぁ、うん……まあ、ね」
黒羽の問いに、摩耶さんも困り気味に答える。何かあったかと聞かれたら、もちろんあったという答えになる。ただ摩耶さんもあの日の出来事を、黒羽に詳細に教えようとはしない。さすがの摩耶さんも、羞恥心が勝って躊躇っているのだろう。
しかし黒羽もそこで怖気づいたりはしない。摩耶さんのことを第一に想う彼女も、その周りに集る男たちのことを無視できないはずだからだ。
「もしかして……夢宮ってヤツのこと、嫌いになった?」
「え……?」
珍しく摩耶さんが動揺した表情を浮かべる。あそこまで感情の抜けた表情のした摩耶さんは、初めて見た。
「だってそうとしか考えられないよ。仲が良かった人と距離を置くって、だいたいそういうケースが多いでしょ。まーやはあまりそういった経験がなかったのかもしれないけど、もしかして……」
「いや、それはないよ!」
自身の推論を述べようとする黒羽を、摩耶さんはすぐに制した。その摩耶さんの姿からは、妙な必死さを感じた。
「だって遊馬君、悪い人じゃないもん。それだけは確か! だから嫌いになるなんてことは、絶対ない!」
そう必死に擁護する摩耶さん。その姿が非常に愛おしく見えて仕方なかった。
「……よかったわね、嫌われてなくて」
と、横から嫌味のような口調でアイネが囁くのが聞こえたような気がした。しかし俺の耳は、摩耶さん以外の言葉を通したがらなかった。
「じゃあ……好きなの、夢宮のこと?」
そんな時だ、黒羽が核心的なことを突いてきたのは。さすがにこれだけは聞き逃せず、俺の心臓も一層跳ね上がる。ただ嫌いではない、という答えは既に聞いている。となれば必然的に摩耶さんが返す回答は……
「もちろん、人としては好きだよ。遊馬君は優しいし、馬も合う」
摩耶さんは素直に答える。ただその回答は、予想していたのとは微妙に違っていた。肯定的な回答のはずなのに、かみ合わない違和感が俺を襲う。
「でも……いっちゃんが知りたい意味の好きかどうかで聞かれると……わからない、としか答えられないの」
非常に困り果てた表情で摩耶さん、そこに嘘は感じられない。だからこそ、摩耶さんの意図が俺にもよくわからなかった。それは質問をした黒羽とて変わらず、やや茫然とした態度を取らざるを得なかった。
「確かに恋愛目線で考えると……遊馬君とはちょっと距離が近いとは思う。でもそれだけで、何かされたってことはほとんどないよ。そういった意味では潔白でいいとは、私は思う。でも今のところ、それ以上の感情はないかな?」
その摩耶さんの回答には、俺もしばし驚かされる。まさか持病のヘタレがこのような形で活かされるとは、俺も思いもしなかった。横で聞いているアイネは何が面白いのかは不明だが、めちゃくちゃ腹を抑えていた。解せぬ。
まあ何はともあれだ。巡り巡って俺の行いは全てプラスになっていた、それだけわかればいい……まあ実際にはもっといろいろしたような気もするが、全部干渉魔法で消しているだけ。摩耶さんの記憶には残っていないはずだ。
「ふ~ん……そう」
それに対し黒羽はというと、なんとも言えない表情を浮かべていた。摩耶さんが俺に対し、決定的な好意を示していないことに関しては、きっと心の底から嬉しいはず。しかし彼女の心の中に常に居続けている存在だとわかって釈然としない、といった感じだろう。
「そういうヤツって、今のところは夢宮だけ?」
「そうだね。遊馬君以外はあまり私と積極的に絡んでこないの……なんでかな?」
「……なんでだろうね」
本当に不思議そうな声を出す摩耶さんであったが、そんなの変わったことでも何でもない。摩耶さんの美貌だったり人の優しさというのは、同世代とは比べものにならないものになっている。それこそ天と地の差と言っても過言ではない。だから大抵の人の中では摩耶さんのことが神格化されており、おいそれ近づいていい存在ではなくなっているのだ。
故に現在、男で摩耶さんに近づけるのはそう多くない。俺はもちろんのこと、俺以外となると……
「……でも、夢宮以外にもいるじゃん。まーやに近づいてくるご……ヤツが」
黒羽のヤツ、今ゴミって言いかけたな? まあ誰かわかるし、概ねその通りなんだけど。
「え、っと……もしかして関山君、のこと? 私もよくわかんないけど」
記憶の奥底にしまってあった存在を、摩耶さんはなんとか掘り起こす。そこまでしないと思い出せない存在とわかっただけで、俺は何故か勝った気になってしまう。それに記憶を掘り出す摩耶さんの顔が、どうにも晴れやかなものではない。
「関山君は……ちょっと苦手かな? 遊馬君みたいに距離が近い人なんだけど、ちょっと強引気味に迫ってくるっていうか……」
「強引……」
「男の子なら多少ガツガツ来るのも変な話じゃないと思うの……でも関山君は、がっつきすぎなの。さすがにそういうのは……ちょっと嫌かも」
「がっつきすぎ……まーやが嫌……」
呪文のように言葉を繰り返す黒羽。それだけでもちょっと怖いというのに、彼女は手にしていたフォークを何度もテーブルに打ち続けた。きっと黒羽の頭の中で、関山の肉体をぐちゃぐちゃにしているのだろう。怖すぎるだろ。
とはいえあの摩耶さんが不快感を示すほどの存在、関山諒は侮れない。もちろん悪い意味でだ。しかし摩耶さん自身が避けているとなれば、ヤツと摩耶さんがくっつくことは絶対にないだろう。それに彼女の隣には最強のボディガードこと黒羽もいる。強引な踏み込みなど、許すはずがない。
「……つまり潰すべきは夢宮だけ。そうすればまーやは私の……」
「ん? いっちゃん、何か言った?」
「ううん、何でもない!」
まあそのボディガードの対象が俺にも適応されるかもしれないけどな。それはそれで本当に末恐ろしい……
まあ何はともあれだ。現状、摩耶さんの頭の中に存在する男性が俺しかいない。それがわかったのは非常に大きい。黒羽もいることだし、そう安々と増えることはないだろう。持病のヘタレがあるせいで攻略難易度的には変わらないが、時間的な制限がないとわかっただけで安心感が全然違うものだ。いやぁ~よかったよかった……
「……これで落とせないなら本当に死んだ方がいいけどね。いくらはぐれとはいえ、夢魔族の恥だし」
「全く持ってその通りです……」
だからこそ、ポロっとこぼれるアイネの言葉が胸にグサッと刺さった。そのまま血を噴いてもおかしくないくらいにな。俺のためにも、アイネのイライラが爆発させないためにも、摩耶さんとくっつくことは早急にやっていかないとな……
そんなところで俺に関することなど、大事な話はそこで終わった。その後は楽しく食事をしただけだったので、俺はバレない程度にその光景を目に焼き付けることにした。
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