第12話
「関山諒? あの生きている価値のない、ゴミクズ野郎のことね」
「わかっていたけど容赦ねえな」
と、関山に対してゴキブリ並みの評価を下すのは、摩耶さん至上主義者の黒羽だ。少なからず摩耶さんに好意を向けているとするならば、その存在を黒羽が認知していないわけがない。そして自分にとって敵とも成り得る存在を、黒羽が詳細に調べてないこともあり得ないことだ。
そう思った俺は、渋々ながら黒羽とコンタクトを取った。向こうとしても恋敵と顔を合わせたくないと思っているだろうが、関山の名前を出すと話し合いに応じてくれた。やはり黒羽もヤツのことはマークしていたらしい。
とはいえ黒羽の関山に関する嫌悪感は異常なものだ。その名前を出した時から、黒羽の表情が憎しみで歪んでいた。まるで親の仇を想像しているかのような、そんな顔だった。
「アレが入学式の日に、まーやに迫ったことは私も知っている。それだけでも許せないっていうのに、調べてみるとそのクソっぷりが面白いように出てきたわよ。そのたびに殺したくなってきたけどね」
「気持ちはわかるけどちゃんと抑えような?」
ぶん殴りそうなほど強く拳を握り締めた黒羽は、沸々と怒りを湧かせていた。黒羽ならマジで殺してしまいそうな、そんな恐ろしさすら感じる。こと摩耶さんに関して言えば、俺と匹敵するくらいにガチなのだから。
「ちなみにどんな悪い噂を聞いたんだ?」
「そうね……何人もの女性を侍らせているとか、気に入らなくなったら容赦なく捨てるとか、あと自分に物理的な被害が及ばないように子分を引き連れているとか。どちらにせよ耳にしているだけで虫唾が走るくらい私はアイツが嫌い、大っ嫌いよ」
「まあ……好きっていう女子は少数派だよな」
そんな例外など向こうも身体と顔にしか興味のない、同じくらい頭の弱い女子だろう。そんな恋愛観の欠片のない相手など関わりたくない、それは同性の黒羽とて一緒だろう。
「確かにそういう意味だと、関山に比べたらアンタは何十倍もマシよ。生理的に嫌いってレベルじゃないし」
「嫌いの基準の低さよ……」
それどちらにせよ嫌いって言ってるのと同じだからね? 優しく言っても無駄だよなぁ。
ただ黒羽の意図としては、ちょっとだけ違うみたいだ。
「夢宮はまだ、まーやのことを心の底から、その全てを好きでいてくれるから、まだほんの少しくらいは許せる。そこだけは胸を張ってもいいのよ」
「お、おう、ありがとう」
言われて悪い気が起きなかったので、俺も笑顔を浮かべといた。依然として扱いは変わらないだろうが、ある程度の評価はいただけているようだ。それだけでも胸を撫で下ろす思いである。何せ摩耶さんの親友の黒羽からの評価だ、十分参考に出来るものだ。
ただ当の本人はというと、未だに柔らかい表情を浮かべていない。それどころか俺に対し、疑惑の視線を向けるほどだ。
「……あのゴミクズ野郎のことはどうでもいいとして」
一旦言葉を溜めた黒羽。女子とは思えないほど低い声で、俺へと問いかける。
「まーやから聞いたわよ……今日の午後から、アンタの家でご飯作るんだってね?」
「あーうん、まあ、そうだな……あはは……」
乾いた笑みを浮かべる俺であったが、全身から噴き出る汗が止まりそうにない。同時に俺の脳内では真っ赤なエマージェンシーがけたたましく鳴り響く。摩耶さんと黒羽の関係性からも、今日の情報が洩れることは考慮すべきだった。そうすればこの命の危機に対し、まだ対策を打てたかもしれない。
しかし今日の黒羽は比較的大人しかった。獣の威嚇のような鋭い態度を向けながらも、物理的に迫ってくることはなかった。ぶん殴られることすら覚悟した俺がバカみたいだ。
「……止めないのか?」
「本当は止めたいわよ。今すぐ貴方をここで潰して、まーやの貞操を守る。それが私の役目だから。なんなら誰かに奪われる前に私が奪う……!」
「それ、結局同じじゃない?」
と、素で出てしまったツッコミも、今の黒羽の耳には届かない。しかしもう本人の中では結論が出ているのか、比較的落ち着いている様子だった。
「……ただまーやも結構乗り気なのよ。さっきも会ってきたけど、いつもより機嫌が良さそうに見えるわ。よほどアンタとの時間が楽しいんでしょうね」
「そ、そうなのか……」
「えぇ。私の際どいスキンシップすら、動じてなかったし」
「おい」
コイツも自重すべきなのではないのか?
「だからまあ……邪魔はしないわよ。後で事細かに起きたことは聞くかもだけど、とりあえず乱入するとかそういうことはしないでおくわ。感謝しなさい」
「あ、ありがとうございます……」
表情には出さないが、内心かなり安堵した。今日のことに関して、一番の不安要素は黒羽の乱入くらいだからな。それをしないと言ってくれたのだ、安心するのは当然のことだ。向こうも摩耶さんのことで嘘をつくとは思えないし、信じても大丈夫だろう。
「……ただ」
しかしそれは、完全に不安要素を取り除けたわけではない。キッとした鋭い表情を浮かべた黒羽は、俺の顔を一瞥してこう言い放つ。
「まーやの身に何かあれば……お前をこの世から始末する」
一切オブラートに包むことのない、ストレートな暴言であった。どうか本気でないことを祈るばかりであるが、声色や表情からも冗談で言っているようには思えなかった。
「……肝に銘じておきます」
どちらにせよ、俺もこう返事する以外に方法はなかった。いくら人を操ることに長けたインキュバスとはいえ、怒り狂った黒羽には負けるかもしれない。それほどまでの威圧を今の黒羽からは感じる。
とはいえ俺としても、摩耶さんの貞操まで奪う気はない。そのレベルになるとどうせヘタレるのがオチだからだ。個人的には前にアイネにも言われた通り、ハグするところまでを目標としている。そこまでなら事故を装って誤魔化すことくらいは容易ではない……黒羽の性格的に許されるかどうかは微妙なところではあるが。
まあ何はともあれだ。なんか朝に変なのに絡まれたが、正直どうでもいい。今日俺が注力すべきことは一つ……摩耶さんと二人で紡ぐ時間をより良いものにする。それ以外に考えることなど何もなかった。
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