エピローグ(2)

 彼と同じ制服に身を包んだ二名の若い男達が後から続いて、彼の後ろに軍人立ちをして背筋を伸ばした。


 ラビが怖々と見上げていると、三人の中で一番偉いらしい先頭の大きな中年男が、視線だけでジロリとラビの姿を見据えた。


「お前が、ラビィ・オーディンだな」


 男は、大きな声でハッキリと口にした。ラビが「そうだけど」と口ごもると、彼は顎を引いて背筋を伸ばした。


 騎士団の馬車から、セドリックとユリシス、テト、ヴァン、サーバルが降りて駆け寄ってくる間に、男は構う事なく宣言した。


「私は王宮警察部隊のオルゴン・サリーだ。このたびは対害獣法令、貴重人材適正法が施行され、対象のラビィ・オーディンは、これより王宮騎士団の管轄下に置かれる事となった」

「は……?」


 ラビは、オルゴンと勝手に名乗り、淡々と語り出した男を茫然と見上げていた。


 そもそも対害獣法令って、なんだ……?


 一体何が起こっているのかよく分からなくて、難しい言葉を並べ続けるオルゴンの話を、ラビはしばらく聞いているしかなかった。


「当法令の施行については、全権限を王宮騎士団総団長が持ち、対象者は王宮第三騎士団が身柄を預かり、終了の日まで全行動権限が制限される。――以上」


 以上って何!? 


 ラビは我に返ると、「ちょッ、コラおっさん!」と詰め寄った。オルゴンの後ろに控えていた二人の部下が、「なんて失礼な」「命知らずなのか」と唖然としたが、ラビは脇目を振らなかった。


「何勝手に喋ってんだッ。つか、なんとか法って何さ!?」

「十八歳未満の獣師に適用される特別な法令である。お前で三件目になる、喜ばしく思え」


 オルゴンはラビの態度も気にせず、感慨深く肯いた。


「そんな事聞いてねぇよ!」


 こいつと話しても無駄だと悟り、ラビは、セドリックを振り返った。彼は目が合うなり、ぎこちなく片頬を引き攣らせるような愛想笑いを浮かべた。


「久しぶりですね、ラビ。お元気そうで何より……」

「久しぶりじゃない! なんだよコレは!?」


 彼女が思わずセドリックの胸倉を掴みかかると、彼は「すみませんッ」と反射条件のように謝罪を口にした。テト、ジン、ヴァン、サーバルが彼の後ろで、ラビを同情の眼差しで見守っていた。


 セドリックの隣に立ったユリシスが、「落ち着きなさい、下品ですよ」と冷静な顔で眼鏡を掛け直した。


「警察部団長が語った通りです。あなたの身柄は、本日から私達が預かる事になりました。対害獣対策として、国は害獣と渡り合える優秀な人材を欲しがっています。才能を持った子どもの保護と、技量確認を目的とした特別法といったところです」

「待て待て待てッ、オレは獣師としてそんな技量は持ってないけど!?」


 ラビは半ばパニックになり、セドリックの胸倉を掴む腕に力を込めた。セドリックが引っ張られる痛みを和らげるべく、ラビの顔の高さに合わせて腰を屈める。


 ユリシスは、ラビを冷ややかに見てこう続けた。


「仕方ないでしょう。氷狼の一件の報告を受けた総団長殿が、陛下と直接交渉して、今回の件を早急に取り決めてしまったのです。本日より施行されてしまいましたので、あなたが嫌がろうと強制連行されますし、大人しく従うのが身のためですよ。逃亡した場合は、手配書が回されて連れ戻されますからね」


「マジかッ、超メーワク! 今すぐ撤回してよ!」

「王宮騎士団総団長の許可を頂ければ、可能ですよ」

『あ~……長男坊にしてやられたな、ラビ』


 様子を見守っていたノエルが、可哀そうだが仕方がないという顔をした。


 ラビは言葉が出ず、怒り心頭で、思わず潤んだ瞳をセドリックに向けた。セドリックはラビの顔を覗き込むと、自分の胸倉を掴む彼女の手を優しく解き、両手で握りしめた。


「すみませんラビ、旅の件を話したら、兄さんが切れてしまいまして……」


 あの野郎! 


 ラビはセドリックの手を振り払うと、言葉が出ないまま地団太を踏んだ。


 セドリックのみならず、なんでお前も出てくるんだよと、もう四年は会っていないルーファスの涼しい顔色を思い浮かべて、ラビは心の中で思いつく限りの悪態を吐いた。


 その様子を見守っていたヴァンが、「可哀そうなのはウチの団長だよな」とぼやいた。


「決定が通達された時、ショックで倒れたからな」

「俺、昼食の肉全部もらった」


 ヴァンとテトがそれぞれ主張したが、ラビは本心から叫び返した。


「グリセンなんかどうでもいい! ルーファス許すまじ!」

「やめてあげてッ、団長があまりにも可哀そうだよ!」


 サーバルが思わず悲痛な声を上げ、ジンが「ひでぇッ」と叫んだ。


 まさか、ルーファスがこのような強硬手段に出るとは夢にも思わなかった。行動を制限されるうえ、セドリック達の監視下に置かれるなんて最悪だ。そんな法律があるなんて、知っている方がおかしい。


 ラビは怒りと困惑と、周囲の誰一人の理解も得られない状況に、更に涙腺を緩ませた。ああ最悪だ、と自分が可哀そうに思えるぐらいショックが大きい。


「落ち着いて下さい、ラビ。兄さんが認めなくとも、十八歳になれば終了となりますから」


 セドリックが小さい子供に聞かせるように言い、俯くラビの手を取った。触れられた手は暖かく、なぜだか安心出来て、苛立ちが少しだけ落ち着いた。


 つまり、約一年は我慢しろと言う事だ。なんでこんな事に……ッ


 ラビは、弱々しくセドリックを睨み上げた。こちらを覗き込むセドリックが、嬉しさを出すまいとする顔で微笑んでいる事に気付き、人の気も知らないで何笑ってんだと、なんだか腹が立ってきた。


「……お前、なんで笑ってんの」

「え――あの、いや、別に僕が嬉しいという訳ではなくて、その……まぁ、アレです。兄さんの方が数枚上手だったなぁ、と思いまして」


 その台詞を聞いて、ラビの中で怒りが沸点を超えた。


 彼女はすかさず右足を振り上げると、セドリックの足を、力の限り思い切り踏みつけたのだった。

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男装獣師と妖獣ノエル ~騎士団で紅一点!? 幼馴染の副団長が過保護です~ 百門一新 @momokado

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