2章 ラオルテと第三騎士団(4)

「だから小さいままなのですよ、彼は」

「うっさいな、身長は関係ないじゃん」

「ああ、確かに」


 ふと、セドリックが視線を上げて考え込み、一拍を置いて「うん」と頷いた。


「ラビは比較的小さいですよね」


 一般的な十七歳の女性と比べたうえでの意見だとは知っていたが、ラビはそれでも許せず、テーブルの下にあるセドリックの足を思い切り踏みつけた。どうせ二次成長もまだだよ、と腹の中で悪態を吐く。


 セドリックが無言で痛みを堪える様子を、ユリシスが同情するように見つめた。


 その時、赤茶色の頭をした青年がひょっこり顔を覗かせ、「よっ」と陽気に声を掛けて来た。ホノワ村から同行していたテトである事に気付いて、ラビは、箸をくわえたまま彼へと目を向けた。


 改めて正面から見てみると、テトはどの隊員よりも一回り小さくて華奢だった。顔立ちには少年期の幼さがまだ残されており、恐らく十代後半と思われた。


 ここには団長以外の全部隊員が揃っているわけだが、見渡してみると、団長のグリセンと喫煙家のヴァンの他は、全員が二十代だ。つまり、テトは唯一の十代で、もしかしたら一番の若手なのかもしれないとラビは推測した。


「お前、昨日は到着早々荒れてたなぁ。俺は参加しなかったけど、見直したぜ!」

「それはどうも……」


 テトは、丼ぶり茶碗と箸を持っており、話しながらラビの向かい側に腰を落ち着けてきた。


 ユリシスが深々と息を吐き、「君は楽観的でいいですね」と皮肉を口にした。


「こちらとしては部隊員の士気も落ち、団長も寝込んで、そのうえどちらにも敬意すら示さないじゃじゃ馬の扱いには、ほとほと困らされているところですよ」

「ユリシス様は深く考え過ぎなんすよ。――あ、食わないんなら肉、もらってもいいか?」


 彼の自由さに押されつつ、ラビがどうにか肯き返すと、テトは笑顔で料理に手を伸ばした。ようやく足の痛みが引いたセドリックが、「僕も加勢しますよ」と続いてラビの皿に箸を向けた。


 テトは、成長期の食べ盛りのような勢いで食べ進めながら、もごもごと口を動かせて器用に話した。


「ま、打ち負かされて気分が沈んでんのも、今だけだって。喧嘩に負けた事を引きずる器の小せぇ奴はいないから、気にすんな?」


 テトはどうやら、食堂に漂う妙な空気について、ラビが気にしていないか確認しに来たようだ。


 普段から金髪金目への差別等に立たされているというのに、そんな事いちいち気にしていたらきりがないだろう。不要な気遣いだと言わんばかりに、ラビは眉を寄せた。


「オレは売られた喧嘩は買うし、ムカツク奴が出たらまたボコるだけだよ」


 すると、静まり返っていた男達が、途端にざわめき始めた。


「マジかよ、なんて性悪なガキなんだ!」

「俺なんて昨日、頭を足蹴にされたんだぜ。父ちゃんにもされた事ねぇのによ」

「三回空を飛んだ後から、記憶がねぇわ」

「それはあれだよ、心がキレイだからそのまま飛べたって事だろ」


 その時、後ろにあるテーブル席から、一人の男が振り返って「おい」とラビを呼んだ。


「お前獣師なんだろ? これからどうすんだ?」


 その男は、特徴のある顎髭を持っていた。顎鬚の先と目の下に、応急処置の白いテープがされてある。


 ラビは、昨日一番目の勝負で打ち負かした男だったと思い出した。そういえば、彼は三戦目ぐらいで「俺の名前はジンだッ、覚えておけ!」と、半泣きで捨て台詞を吐いて逃げて行った覚えがある。


 ジンの後ろから、他の部隊員達も興味津々にこちらを見つめていた。昨日の一件を心から懲りている様子はないみたいだと理解しつつ、ラビは顰め面で答えた。


「獣師として仕事をする。氷狼の件を協力して欲しいって頼まれてるし」

「俺が案内しようか?」


 テトが提案したが、ユリシスが「駄目です」と断った。


「あなた方は、自分の仕事に専念して下さい。昨日の件について残業が欲しい方は、いつでもおっしゃってくれてかまいませんよ」


 途端に男達は慌ただしく朝食を済ませると、ラビが残した残りの料理を食べ進めるテトを置いて、逃げるように食堂を出て行った。テトが最後にラビ達の食器まで片付け、満足した顔で「じゃあな~」と言って去っていった。



 食堂から、ラビ達以外の人間がいなくなり、あっという間に静かになった。


 ユリシスが小さく息を吐き、自分とセドリックの分の珈琲を淹れた。セドリックはラビを気にして「飲みますか」と訊いたが、彼女は片手を振って要らない事を伝えた。


 人がほとんどいなくなったタイミングで、ノエルが食堂にやって来た。


『一昨日に氷狼の襲撃があったって、外の猫が噂してたぜ』


 彼はそう報告しながら、ラビの近くにきて座りこんだ。慣れない土地だというのに、緊張感もなく大きな欠伸をかみしめ、落ち着いた面持ちで優雅に尻尾を揺らせる。


 その時、キッチンの奥から出てきた中年女性が、そのままノエルの方へ向って歩いて来た。


 彼の尻尾が踏まれてしまうのではないかと感じて、ラビはギョッとした。しかし、ノエルは中年女性に目も向けないまま、器用に尻尾を上げて回避してしまう。


 女性の足は、先程までノエルの尻尾があった場所を踏みつけた。彼女は擦れ違いざま、セドリックとユリシスに「また昼間に」とにこやかに挨拶をして去って行った。


 二人は女性の挨拶に応えたあと、ラビを挟んで会話を始めたのだが、ラビは左右を飛び交う話の内容が耳に入らなかった。ラビから真っ直ぐ向けられる視線を受けとめたノエルが、ニヤリとした。


『なんだ、俺の尻尾が踏まれると思ったのか? だから言ったろ、普通の人間には見えないんだから、そいつらにとって俺達はいないのと同然なんだよ』

「…………」


 そう、なんだろうけれど……でも、オレは見えているし、だから心配してしまうんだよ。

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