2章 ラオルテと第三騎士団(3)

「――おい、何呑気に座ってんだよ。次の奴、出て来い」


 その一声で強制的に木刀試合が再開され、ラビと男達の一対一の勝負が続いた。


 彼女は突き出された木刀を簡単に叩き落とし、羽のような身軽さで攻撃をかわし、問答無用で相手に木刀を叩き込み、次々と男達を打ち倒していった。時には交わった木刀を滑らせて弾き上げ、軽い身体の跳躍を活かして男の頭を踏み越え、容赦せず背中や腹を狙って打つ。


 次第に男達が「やってやらぁ!」と本気になり、次々に名乗りを上げてラビに挑み、場外で意識を取り戻しては再挑戦する流れが出来た。それは十分もかからずに一対一ではなくなり、ラビ一人に対して、全員で挑むようになっていた。


 広場に、男達の雄叫びと悲鳴が響き渡った。騎士としてのプライドを掛け、めげずに一人の小さな獣師に挑む彼らは、何度も返り討ちに遭い、何度も宙を飛んだ。


 そんな外の騒がしさに気付いて、消灯されていた建物の上階の部屋に灯りが付き始めた。


 先に部屋で休んでいた男達が、「なんだ何だ」と窓から顔を覗かせ、ラビが小さな体一つで仲間達を次々に叩き伏せていく様子を見るなり、「騎士団の威信に掛けてチビを倒そうぜッ」と、事情も知らず面白がって飛び入り参戦した。


 騒ぎを聞きつけたユリシスとグリセンも駆け付けたが、目の前で続く乱闘の激しさに手が出せず、肩を落とすセドリックの隣で、ラビによって部下達が容赦なく負かされていく様子を呆気にとられて見守っているしかなかった。


 しばらくして、辺りはようやく静まり返った。


 沈静を迎えた場には、一人の獣師に惨敗し続けた男達の屍が転がっていた。彼らはボコボコにされ、ピクリとも動かなかった。


 参戦せずに寝室から観戦していた数名の男達が、階下の仲間達の無残な姿に青い顔をしていた。その中には、ラビと共にホノワ村から到着した顔ぶれもあり、ヴァンだけが平気な顔で煙草をふかしていた。


「……副団長、これは一体なんですか」


 ようやく、ユリシスが呆気に取られたまま問いかけた。セドリックは、深い溜息をついて額を押さえる。


「彼らがラビを怒らせてしまったんです。ラビは、あの通り体術と剣術には長けていまして……」

「旅疲れが残った状態でアレですか」

「剣術に関しては、兄さんの影響もあると思います。入団するまで、ラビは彼と木刀でやりあっていましたから」

「……それは、総団長の事ですかね? あの人は確か、最年少で総団長に就いた方でしょう。一体幾つの頃の話ですか」

「当時ラビが九歳で、兄さんは十六歳だったかな?」


 とんでもないガキだ。落ち着きも品もない少年だとは常々感じてはいたが、まさかここまでとは、とユリシスは頭が痛くなってきた。


 力比べの木刀戦で、騎士団のほぼ全員がやられるとは情けない結果である。外部に知られてしまったら、第三騎士団のこれまでの経歴や戦力を疑われてしまいかねないだろう。


 そこまで考えた時、ユリシスは、隣にいる団長のグリセンが、やけに静かである事に気付いた。


 さすがに団長とあって、目の前で部下達が獣師に負かされた事については、何か感じるところがあったのかもしれない。普段の気の弱さはどうであれば、これでも騎士団については、誰よりも考えてくれている男なのである。


 そう勘繰りながら目を向けたユリシスは、「団長」と掛けようとした声をピタリと途切れさせた。


 胃痛がとうに限界を突破していたグリセンは、立ったまま器用に失神していたのだ。


 ユリシスが沈黙する中、軽やかな風に押されたグリセンの身体が、抵抗もなく後ろへとひっくり返った。


               2


 騎士団の朝は早い。


 夜明け前の身支度から始まり、ランニングといった体力作りを行う。そして、朝食の時間に間に合うようシャワーを済ませると、決まった時間に地元の料理人が料理を振る舞いに来るのに合わせて、一階の食堂に集まる。


 今日食堂に集まった男達のほとんどは、傷だらけだった。彼らは、いつもの倍を食う勢いで朝食にかぶりついていた。


 誰も喋らず、ひたすら無心で食べ続ける。たびたび、昨日まで食堂にいなかったはずの小さい人物へと、チラチラ目を向ける。団長のグリセンは、胃の調子が悪いといって姿を見せていなかった。


 ラビは、部屋の前で待ち構えていたセドリックに連れられて、定時には食堂へと到着していた。


 食事を受け取って早々、食堂の入口近くのテーブルを独占していたユリシスの隣に座らされ、すぐにセドリックも腰を下ろしてしまったため、二人の間に挟まれる形で腰掛けている。


 食事のメニューは、まさに男の料理だった。野菜が少なめで、山盛りにされた肉料理と白いご飯の組み合わせである。


 ラビは食事を受け取りに向かった際、料理を作っていた中年女性に「少なめで」と声は掛けていたのだが、新米騎士とでも思われたのか、「いっぱい食べなきゃ駄目よぉ」と少し下手くそだが、やけに愛嬌のあるウインクと共に大盛りにされてしまって不服だった。


「ラビ、箸が進んでいませんね。食欲がないんですか?」


 セドリックが、なかなか量の減らないラビの皿の上を覗きこんだ。


 十人ほど座れるテーブルには、ユリシス、ラビ、セドリックの三人しか座っていない。


「……量が多すぎる。あと塩辛い。お前らが食い過ぎなんだよ」


 白米を口に運びながら、ラビは苦々しく答えた。セドリックが、近い距離から苦笑をこぼした。


「すみません、気が付かなくて。無理しなくていいですよ。ラビとこうやって食事をするのも、すごく久しぶりで嬉しくて。次からは気をつけます」

「甘やかしてはいけませんよ、副団長」


 ユリシスが素早く口を挟み、ラビを見降ろした。

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