2章 ラオルテと第三騎士団(2)

 補佐官がこいつじゃあなぁ、と思わずユリシスを盗み見る。目敏いユリシスが、ラビの視線に気付いて眉間に皺を入れた。


 ラビとユリシスの睨み合いが始まると、ピリピリとした雰囲気に気圧されたグリセンが、途端に「ひぃッ」と息を呑んだ。 胃の弱い上司は、険悪な空気に呑まれると、いつも必ず最悪の状況を考えて苦悩するのだ。


 それを見て取ったセドリックが、「二人とも止めて下さい」と目頭を押さえた。


「団長、ラビに関しては僕の方でみますので、安心して下さい。空いている部屋を一つ借ります」

「ああ、頼むよ」


 グリセンは、頼もしい副団長を見て目を潤ませた。しかし彼は、三人に退出の許可を出してすぐ、恐ろしい事を思い出して震えだし、今にも死にそうな顔でラビ達を見送ったのだった。 


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 団長の執務室を出た後、ユリシスが「勤務時間外ですので」と去っていき、ラビはセドリックに警備棟内を案内してもらった。


 まず向かったのは、執務室のすぐ上の階にあった、三階の簡易宿泊部屋だった。


 ラビがしばらく寝泊まりする部屋は、ベッドと机だけが置かれた小振りな造りをしていた。荷物を置いたラビが、次の場所へ案内を受けるため踵を返すと、ノエルはベッドに飛び乗り『寝る』と告げて横になってしまった。


 長い馬車旅は、さすがの彼にも堪えたらしい。ラビは申し訳なく思いながら、セドリックから見えない位置で、おやすみ、の意味を込めて小さく手を振った。ノエルは既に顔を伏せていたが、それに応えるように尻尾だけを数回動かせた。


 続いてラビが案内されたのは、一階の食堂だった。時間外なので閉まってはいたが、セドリックは「ここでは決まった時間に食事があります」とさっくりと説明を済ませ、次に二十四時間解放されている休憩の場である広間へとラビを案内した。


 開けた一階広間には、深夜だというのに十数人ほどの男達が残っていた。二十代の彼らは本を読んだり、チェスをしたり、タンクトップ一枚で腕相撲をして盛り上がっていた。


 男達は、上司であるセドリックからラビを紹介されると、物珍しそうに見つめながら「よろしく」と、やんちゃな子供のような口調で声を揃えた。


 一同を代表するように、顎の先に髭のあるタンクトップ男が、セドリックの横に立つラビを覗きこんだ。


「話に聞いてたより小せぇなぁ。お前、剣とか扱えんのか?」


 すると、遠巻きに見ていた他の男達も、わらわらとやって来てラビを興味津々と見降ろした。


「マジで金髪だ~」

「細ぇな、ちゃんと筋肉つけねぇと大きくなれねぇぞ?」

「襲撃されたら、真っ先お荷物になりそうだな」

「いいんですか副団長。最近は物騒なのに、獣師とはいえこんな弱そうな子供を置くなんて。問題にならないんすか?」


 小さい、弱い、お荷物……という三単語で、ラビの怒りが最短で沸点を超えた。


 売られた喧嘩は買うのが、ラビのモットーである。セドリックが口を開く前に、彼女は目にも止まらぬ速さで彼の腰から鞘ごと剣を奪い取ると、騒ぐ男達と自分の間に振り降ろしていた。


 振り降ろされた剣は鞘のままだったが、衝撃音と共に床にめり込んだ。群がっていた男達が「うぎゃっ」と飛び上がり、脱兎の如く後退した。


 鞘で顎髭の先を軽く切られた男が、尻餅をついた状態で、冷や汗を流しながらハッとしたように叫んだ。


「ちょッ、ちょっと待てぇぇぇえええええ!」


 その叫びを筆頭に、男達の「危ないだろうッ」という非難の声が次々に上がった。しかし、ラビが再び剣を床に打ち付けると、辺りは緊張の空気を漂わせて静まり返った。


 セドリックが青い顔で「ラ、ラビ、落ち着いて……」と言ったが、彼女は完全に無視し、殺気立った目を騎士達に向けた。


「どっちが強いか証明してやるから、木刀持ってこい。今すぐだ」


 低い声で威圧された男達が、好奇心と怖いもの知りたさに生唾を呑み、誰が合図を出したわけでもなく、彼らは準備のために動き出した。


 剣を返してもらったセドリックが、複雑そうな、どちらかと言えば部下達を心配するような目を向け、「こうなったら、もうダメですね……」と諦めたように項垂れた。



 倉庫から鍛練用の木刀が引っ張り出され、予備も揃えられた。全員に木刀が行き渡り、広場の砂地に大きな円状の線が刻まれた後、一対一の木刀戦が開始された。


 まず木刀を構えあったのは、ラビと先程の顎髭の男だった。


 予定になかった木刀の一本勝負に、準備をする中で動揺が収まってきた男達は、半ば面白がって「威勢のいいチビっ子獣師だなぁ」と笑い、「どちらが勝つか賭けようじゃないか」と言葉を交わす者まで出始めていた。


 セドリックは、長旅のストレスで殺気立ったラビへの説得を諦め、渋々審判役に回っていた。両者が木刀を構える姿を確認すると、溜息混じりに、本当に嫌々ながらに開始の合図を告げた。


 開始直後、顎髭男が「せいやぁ!」と木刀を掲げて勢い良く踏みこんだ。しかし、彼が二歩目を踏み出した時、ラビの身体は既に男の背後にあった。


 一瞬で男の背後に回り込んだラビは、木刀を逆手に持ちかえると、男の背後から強かに打ちつけた。衝撃を受けた男の身体が地面に沈む直前、バックステップからスピンをきかせて足を振り上げ、容赦なく男を蹴りつけて場外に叩き出した。


 勝負は一瞬で付いてしまった。


 背中を木刀で強打されたうえ、場外の地面に顔面から強打した男が、事切れたように地面に沈む様子を見た仲間達が、笑顔を凍り付かせて静まり返る。


 ラビは木刀を肩に置くと、見物人と化した他の男達を睨み据えた。小奇麗な顔が月明かりに照らし出され、ラビの金髪と金目がより映える。ゆらりと体制を整えるだけで、殺気と威圧感が鋭く研ぎ澄まされ、男達は次元の違う強敵を前にしたような戦慄を覚えて、思わず唾を呑み込んだ。

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