2章 ラオルテと第三騎士団(1)

 セドリックは出発する前、別荘で待機していた三人の若い騎士を、ラビに簡単に紹介した。


 赤茶色の短髪で、一番若い顔立ちをした小柄な騎士がテト。大柄だが身体は引き締まっており、謙虚そうな薄い緑の瞳をした目尻に薄い笑い皺があるサーバル。別荘を出たところで早速煙草を口に咥えたのは、年長組の三十代のヴァンだった。


 彼らは、以前からセドリックに、ラビの話しを聞かされていたらしい。改めてセドリックから紹介を受けると、物珍しそうにラビの様子を見やった。三人は副団長に促されるまま「よろしくラビ」と陽気に言い、ラビは「どうも」と愛想の一つもない挨拶を返した。


 ラビは、セドリックとユリシスと共に馬車に乗り込んだ。ノエルはラビの「オレの膝の上とか踏んでくれてもいいからッ」という心配を無視し、馬車の屋根の上を陣取り、初夏の穏やかな日差しを浴びながら『特等席だぜ。問題ない』と眠そうな顔で答えたのだった。



 ラオルテまでは、五日間の長旅になった。


 途中で馬を休ませ、村や町がない時は、見張りを立てて馬車の中で仮眠を取った。ホノワ村から外に出た事がなかったラビは、金髪金目と目立ってしまう容姿を考えて、はじめは必要以上に外には出なかった。


 しかし、さすがに馬車旅で痛む腰に苛立ちがピークを迎えると、一旦外に出て、馬車の上で呑気に寝ているノエルを恨めし気に睨んだりした。



 ヴィルドン地方は、山脈に囲まれた広大な土地で、商業の盛んな大きな中心町を超えると高原が広がった。急ぎ走らせた馬車がラオルテの町に到着したのは、それから二日後、ホノワ村を出発して五日目の深夜を回った頃だった。


 ラオルテの町は、東に巨大な氷山を持った平原地帯にあり、五メートルを超える木の防壁の中に人々の暮らしがあった。


 町の唯一の出入り口は、西側に設けられた巨大な木の門のみとなっており、年の半分以上が雪に覆われるため、三角の屋根や煉瓦造りの建物がほとんどだった。


 資源が多く採取出来る土地であるラオルテでは、地下から採取できる鉱石をもとに、特に鉄鋼産業が盛んで業者の出入りが多く、夜でも町は賑わっていた。元の住民は黒髪黒目で黄色い肌をしており、余所からやってきた大勢の人間との見分けがよくついた。


 騎士団が所有し、視察や仕事の際に拠点の一つとして利用している警備棟は、町の東側の防壁にぴったりと背中を合わせていた。


 屋上は見張り用に平たく造られており、雪が降る日は、町に在沖している警備隊の人間が頻繁に雪降ろしを行うらしい。屋上には非常用の梯子が設置され、外で異変があった場合、すぐに騎士達が防壁の外に降りられる仕様になっている。


 そんな警備棟は、高いコンクリートの塀を持っていた。中に入ると面積のある砂利の広場が続き、そこから自由に出入り出来るよう建物の一階広間は開けている。


 広間は休憩の場として設けられており、その隣は食堂となっていた。上の階には、執務室や応接室といった仕事用の部屋があり、三階から五階が簡易宿泊室となっている。


 王宮騎士団は、王直属の部隊として王宮に腰を構える王宮騎士団本部と、各地の治安を収める二十三の支部があった。


 第三騎士団は、王都に本拠点となる支部を構えてはいるが、各地への派遣も受け持つ若く実力ある部隊として構成されており、それを取りまとめる団長も、三十半ばと比較的若かった。


 第三騎士団の団長は、グリセン・ハイマーズという童顔の男だった。騎士にしては細身であり、困惑しきった顔は、気の弱い草食動物のようにも見えた。


 襟足だけ伸ばしたアッシュグレーの長い髪を背中で束ね、眼力のない可愛らしい青緑の瞳をしている。闘う戦士というよりも、机で書類作業に向かう平凡な公務官に見える男だった。


 彼は貴族の出身で、閃きや頭脳を信用されているらしい。部下に恵まれているのか、彼の頭脳が発揮されているのか、グリセンが最年少で団長を務めてからは、これまでの任務で失敗もないという。


 時刻は深夜だというのに、ラビ達が到着した時、グリセンはきちんと騎士団の服を着込んで書斎机に腰かけていた。顔色は少し悪く、唇にはやや血の気がない。机の上には書類の束が積まれ、残業をしていたのだと察せた。


「えぇっと……君が獣師の『ラビ』?」


 セドリックから紹介を受けると、グリセンは、困った顔で恐る恐るそう口にした。彼は、セドリック、ユリシス、ラビを順に見て、腹を押さえつつ重い腰を持ち上げた。


「セドリックから話しは聞いていたけど、本当に金色なんだね……。あ、その、僕は別に迷信だとかはあまり信じない方だからアレだけど、ほんと、見事な金髪金目っていうのは始めてか、も……ぅッ」

「具合でも悪いのか?」


 ラビが怪訝な顔で聞くと、グリセンは腹部辺りの服を握りしめ、乾いた笑みを浮かべた。ユリシスが、すかさず「団長に向かって失礼ですよ」と冷たく口を挟む。


 共に部屋に入っていたノエルが、つまらなそうに辺りの匂いを嗅ぎ始めた。ラビは、隣でセドリックが躊躇するのも構わず、グリセンに向かって素の口調で言葉を投げかけた。


「なぁ、別に無理に挨拶してくれなくてもいいよ。こういう反応には慣れてるから」

「ぐぅッ、そうじゃないんだ」


 グリセンが腹を押さえながら、喉から絞り出すように声を上げた。


「その、僕は胃腸が弱くてね。最近続いている氷狼の件を考えるだけで……ぅッ」

「大丈夫かよ。その件はセドリックにでも聞くから、もう休めば?」

「いや、昼間も何度も倒れてしまってね。積み重ねた休憩時間が書類作業を押して、今、僕の仕事がとんでもない事になる一歩手前なんだよ。ここで投げ出すわけにはいかな――うぐッ」

「あんた、面倒な性格してんなぁ」


 初対面に指摘されたグリセンが、痛みを堪える涙目を、そぉっとぎこちなくそらした。精神的にダメージが続くような状況があり、それが彼の胃腸を追いつめているらしいと、ラビは何となく察して同情した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る