皇帝の座

 部屋に戻ってきた俺は、ラスティナにさっき見た事の詳細を聞くことにした。


「ケイルスは、あの男に師事してるのか? あの男、足がつかないように、とか言ってたし真っ当な人間じゃないだろ。なんであんな奴と関わってるんだろう」


「恐らく、師事しているのだと思います。ただ、その理由については何とも……。ですが、ケイルス様が為そうとしている事は予想がつきます」


「為そうとしてること?」


「はい。次代の皇帝になることです」


 ……皇帝かぁ。

 どうぞなってください、って感じだよなぁ。


 だって俺、別に皇帝になりたいとか思ってないし。

 と言うか、逆になりたくない。


 ケイルスがなってくれるなら、寧ろありがたいんだよな。


「えーと……。それは、俺との継承権争いみたいなのを想定してるってこと?」


「そうですね。正確には、妹君のルーシィ様も相手に入りますが」


 そっか。

 まだ監禁中の妹がいるんだった。


 いや、だとしてもどっちかが皇帝になれば良い話だ。


「俺は皇帝に興味ないし、さっさとどっちかに皇帝になって貰いたいなぁ」


「……アンネリーヌから聞いていないのですか?」


 ラスティナが怪訝そうな顔で俺を見てくる。


「聞くって、何を?」


 ラスティナは手のひらを額に当てて大きくため息をついた。


「ケイルス様が次代の皇帝になることが決まれば、ジークヴァルト様は処刑されます」


 処刑……、だって?

 つまり、殺されるってことか?


「な、なんで!?」


「この国が、なぜ大陸の他のどの国よりも歴史ある国なのか。どうして長年滅びずに発展し続けているのか、ご存知ですか?」


 俺はラスティナの問いに頷き返した。

 ズバリ、皇帝が優秀だからだ。


 この国の皇帝は、徹底的な実力主義で決められる。

 皇帝の息子や娘の中で最も優秀な者が次代の皇帝になる。


 優劣の決め方は単純明快。

 最後まで生き残った者が皇帝だ。


 暗殺なり決闘なりで他の候補者を殺す。

 そうして、最後まで生き残った者が皇帝となるのだ。


 だが、そういった争いが始まるのは現皇帝の許可が降りてから。

 帝国が危うい時に、内部から帝国が分裂するのを避けるためらしい。


 だから、俺は争いが始まる前に皇帝の座には興味がないと宣言するつもりだった。

 そしたら、殺されずに済むし皇帝になる必要も無い。


 事実、そうやって自由を得た皇太子や皇女が歴史上に存在するのだ。


「そう、殺し合いですね。もしかしたら、ジークヴァルト様は継承権争いを棄権しよう、と考えているのかもしれません」


 その通りだ。

 争いに労力を浪費して、そして得られるものが皇帝の座?


 冗談じゃない。

 俺は継承権争いをしないつもりだ。


「話が変わりますが、幼少期からケイルス様の教育係をしてきた私から見ると、ケイルス様はかなり優秀な方です」


 優秀、それはそうなのかもな。

 なにせ十二歳で教えることがないのだ。


 前にアンナから勉強スケジュールみたいなのを見せてもらったけど、とても十二歳で終わるような量じゃない。

 まさに、神童なんだろうな。


「彼は優秀過ぎました。一人で何でもこなしてみせる。だなら、次第に人を信用しなくなってしまった……」


「人を信じなくなった……」


「はい。私が塩と砂糖を間違え続けたこともあって、彼は気づいてしまったのです。自分で全てやってしまえば良い、他人を信用する必要などない、と」


 あれ初犯じゃなかったのかよ!?

 ……それだけ聞くと、凄いシュールな話だな。


「でも、その話と俺が処刑されることになんの関係があるんだ?」


「皇帝の座を奪い返す方法があるんですよ。継承権争いを棄権した皇族を旗印に皇帝をその地位から引きづり下ろす、という方法が」


「……まさか」


「そのまさかです。ケイルス様はジークヴァルト様が皇帝になるつもりがない、という言葉を信じません。いずれ気が変わるかもしれない、その可能性を考えてジークヴァルト様を処刑しますよ。間違いなく」


 ……そうか。

 いくら興味がないとアピールしても無駄。


 俺が皇帝の息子である時点で、俺はケイルスの敵なのか。


「ですから、ジークヴァルト様も皇帝を目指す必要があります。なので、今日はケイルス様の得意技に対抗する手段を教えましょう」


「得意技ってのは?」 


「彼は、魔力操作に長けています。なので、本来なら難しい他人の体内の魔力操作も出来るのです。その事を警戒していない者にとっては致命傷になり得る強力な武器です」


 魔力を操る……。

 ……それって!!


「先程のジークヴァルト様が放った炎。あの時、ケイルス様はジークヴァルト様の魔力を操っているように見えました。そうですよね?」


「あ、あぁ。異物が体の中に入ってきて、魔力の制御が効かなくなった。それで、あの炎が出てきたんだ」


 ……そうか。

 なら、やっぱりあいつがアンナに何かしたんだな。


 ふつふつと、怒りが湧いてくるのを感じた。

 

 なぜアンナに手を出してきたのかは分からない。

 まぁ、十中八九継承権争い絡みだろうが。


 つまり、俺への宣戦布告だ。

 なら、受けて立とうじゃないか。


 まず、これまで通り力をつける。

 結局殺し合いなのだ。力があって困ることはない。


 それに、良い機会だ。

 これからは魔術だけじゃなく、剣術も練習していこう。


 もうすぐ九歳になるのだ。

 まだまだ未熟な体だが、魔術一辺倒は良くないだろうしな。


 次にコネ作りだ。

 これまでは面倒だからまともにしてこなかったけど、いざという時に頼れる人は多い方が良い。


 パッと思いつくのはこれだけだな。

 暫くはこの二つに専念するとして、まずは目の前の問題を片付けよう。


 ラスティナは一応ケイルス側の人間だ。

 本当に信用していいのか確かめておきたい。


「ラスティナはケイルスと一緒にいたくない、って言ってたよな。それは、ケイルスがアンナを殺そうとしたからか?」


「……殺すつもりはなかったでしょう。実際に、私が炎を止めましたから。ですが……、そうですね。ケイルス様は私がアンネリーヌを大切に思っているのを知っていました。だから、私は裏切られたと感じているのかもしれません……」


 ラスティナは気持ちを切り替えるように、手のひらで両の頬をパン、と叩いた。


「ですから、その意趣返しにジークヴァルト様の手助けをしているのです。先程の覗きも、今から教える事も」


 ……これは信じて良さそうだな。

 そもそもラスティナはケイルスについて情報を教えてくれているのだし、信用に足る人物だろう。


「……ありがとう、ラスティナ。その知識は、いつかケイルスを潰すときに役立てるよ」 


「――ッッ!! ……はい。ありがとうございます」


「うん。それで、ケイルスの魔力操作の抗い方。どうやるの?」


「まず、ケイルス様が特別なのは、遠隔で他人の魔力の操作ができるからです。私でも、接触していれば他人の魔力を操作出来ます」


 なるほど。

 確かに、ケイルスに魔力を操られた時の感覚と、アンナに魔力を流し込まれた時の感覚は似てたな。


「私がジークヴァルト様の魔力を操ります。なので、ジークヴァルト様はそれに抵抗するよう頑張ってください」


 頷くと、ラスティナは俺の胸に手を伸ばしてきた。


「――がっっ!?」


 魔力の流れが乱れていく。

 普段は正しく循環している魔力が、停止し、逆流し、入り乱れていく。


 でも、一度経験しているからこそわかる。

 要は、魔力が乱れる原因を絶てば良いのだ。


 その原因は、俺の魔力に紛れ込んだほんの僅かなラスティナの魔力。

 これを外に放出すれば――、


「それも良いですけど、流し込まれ続けたら意味がないです。なので、乱れを無理やり押さえつけてください」


 ラスティナから更に多くの魔力が流し込まれた。


「――かはっ。く、くぅっ……」


 押さえつける……。

 普段通りに流れるように促してみるか。


 ラスティナの魔力に調和を乱されるなら、俺の魔力で再び調和を取り戻せば良い。


 一部の魔力を使って、魔力の流れを正常に戻すのだ。

 やってみると、かなりの魔力を消耗したが元の流れを取り戻すことが出来た。


「そうです。これで、もう魔力操作は怖くないですよ」


「……でも、これ、かなり疲れるぞ。実戦でこんなことしてて、大丈夫なのか?」


 現に、今の俺は息切れしている。

 

 普段しない魔力の使い方をしたのだ。

 疲れるのも当然だ。


「魔力操作をする側は、する側で集中しなくてはなりませんから。お互いに疲れるだけですよ。ですから、有利不利も発生しません」


 そうなのか。

 なら、たまに抵抗する訓練をしてれば大丈夫そうだな。


「今日教えたいことは一通り教えました。……ジークヴァルト様。一つお願いしたい事があるのですが……」


「お願いって、何?」


「アンネリーヌの所に行ってあげてくれませんか? 少し、嫌な予感がするのです。ジークヴァルト様が来たならあの子は拒みませんから、どうかお願いします」


 ラスティナは頭を下げてお願いしてきた。

 ……嫌な予感か。


「分かった。今から行けばいいんだよな?」


 俺の言葉に、ラスティナは静かに頷いた。


 

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前世では絶望しかなかった帝国皇子は、今度こそ自由に生きたい きわみん @kiwamin

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