強者

 目が覚めると、そこは見慣れた部屋のベッドだった。

 隣にはいつも通りアンナが……、あれ?


 隣にいたのはアンナではなく、ケイルスの教育係のラスティナだった。


「お目覚めですか、ジークヴァルト様。模擬戦でジークヴァルト様の魔力が枯渇してしまわれたので、お部屋に運ばせて頂きました」


 模擬戦?

 ……そうだ!


 確かケイルスとラスティナが待っていて、その後アンナと戦って、って――。


「アンナは!? アンナは大丈夫だったのか!?」


 ラスティナは悔しそうに俯いた。


「えぇ、今は自室で休んでいます。私はアンネリーヌに頼まれて、臨時でジークヴァルト様の教育係をする事になりました」


「頼まれたって……。部屋から出られないほどアンナは重症なのか!?」


 確か、謎の青黒い炎はアンナに当たる直前で消えたはず。

 でも、魔力が枯渇していたせいで見間違えた可能性もある。


「いえ。今はジークヴァルト様に会いたくないそうです。体に傷は負っていませんよ」


「会いたくない、って……」


 やっぱりあの黒い炎のせいだよな……。

 凄い取り乱してたし、後で謝りに行かないと。


「あぁ、いえ。会いたくないのは、ジークヴァルト様を嫌ってのことではありませんよ。惨めなところを見られたから、会いたくないそうです」


 ……惨めなんて思っていたのか。


「なぁ。ラスティナはアンナと従姉妹か何かなんだろ? なんで、アンナはあんなに取り乱してたのか分かるか?」


「……、私はあの子の姉です。プロント家の長女と次女、それが私たちの関係です。取り乱していた理由については……、私から話すことはしません。アンネリーヌが嫌がるでしょうから」


 姉妹だったのか。

 それに、プロント家。


 前にアンナから教えて貰ったことがある。

 代々優秀な魔術師を輩出してきた帝国貴族の名門だ、と。


 その時は普段と変わらない様子だったのにな……。


 取り乱してた理由。

 なんで家のことを教えてくれなかったのか。


 今は会いたくないみたいだし、今度聞いてみよう。

 

「そう言えば、ラスティナはケイルスの教育係なんだろ? その仕事は放っといて良いのか?」


「教育係と言っても、ケイルス様に教える事などもうないのでお飾りのような物ですから。それに、今はケイルス様と一緒にいたくはありませんし」


「それはどうして?」


「それも含めて、後で説明致します。とりあえず今は昼食をお取りになってください」


 そう言って、アンナは廊下から軽めのサンドウィッチを持ってきた。


「アンネリーヌから、ジークヴァルト様はいつもサンドウィッチを食べていると聞いたので」


 模擬戦の日は外で食べるからサンドウィッチを食べていただけなんだよな。


「ラスティナも一緒に食べなよ。サンドウィッチはいつもアンナと一緒に食べていたんだ」


「えっ? ……そうですね。それでは、ありがたく頂きます」


「あっ、あとそんなに堅苦しい口調じゃなくていいよ。普段アンナはもっと軽い感じだからさ、違和感がすごいんだ」


 それに、俺はそんな丁寧な話し方をされ慣れていない。

 だから、敬語じゃない方が話しやすいのだ。


「い、いえ。この口調は気を張っておくためでもありますので、このままで居させてください」


「気を張る必要なんてないと思うけどな。ケイルスは苦手だけど、ラスティナはそうじゃないから」


 ケイルスは第一印象もそうだったけど、その後の行動が大きいな。

 アンナがおかしくなったのは、ケイルスが幻惑魔術を使ってからだ。


 意識が朦朧としていたから詳しくは分からないけど、俺が気絶する直前にケイルスが何か変なことを言っていた気もする。


 アンナの件は、どうもケイルスが引き起こしたような気がするのだ。

 

 でも、ラスティナはアンナのことを大切に思ってそうな節があるからな。


「いえ、そうではないのです。私は、気を抜くとすぐに変な失敗をしてしまいます。だから、戒めるためにこの口調でいるのです」


 変な失敗?

 ラスティナは完璧な女性って感じだけどな。


 そんな事を思いながら、俺は野菜サンドを口に運んだ。


「…………。この野菜サンド、なんか妙に甘くないか?」


 いつもはアンナが適度に塩をかけて、ちょうど良い味になっている。

 でも、この野菜サンドは甘いのだ。


 それも、シャキシャキとした野菜の甘みじゃない。

 砂糖菓子で感じるような直接的な甘さだ。


 正直に言って、不味いぞ……。


「その野菜サンドはアンネリーヌに教えてもらった通りのレシピで作ったはずですが……」


「野菜に塩をかけなかったか? この野菜サンドからは塩味が感じられないけど――」


「あっ」


 ラスティナがハッとしたように目を見開く。


「一つ頂いてもよろしいでしょうか?」


「もちろん。いいよ」


 ラスティナは野菜サンドを恐る恐る口に運び、咀嚼し――、

 天を仰いだ。


「申し訳ありません、ジークヴァルト様。砂糖と塩を間違えてかけてしまったようです」


「……うん? 砂糖と塩を?」


 確かにそれならこの甘さも納得が行くけど……。

 え?


 この完璧そうなラスティナさんが?

 まさかそんな古典的ミスを……。


「サンドウィッチを作っていた時は思わず気を抜いてしまっていたのかも知れません。申し訳ありません、ジークヴァルト様」


 ……これか!!

 気を抜くと変な失敗をするっていうか、これはただのポンコツじゃないか。

 

 ……あぁ、分かった。

 ラスティナは確かにアンナの姉だ。


 姉妹揃って面倒くさい欠点を抱えているのか。

 俺は心の中で、小さくため息をついた。


 ――――――――――――――――――


 昼食を作り直して腹ごしらえをした俺たちは、城下町に降りてきていた。


 なんでも、ラスティナは俺に見せたいものがあるらしい。

 俺たちは表通りを抜け、裏通りに入った。


「ここからは、出来るだけ音を立てないで移動しましょう。それと――」


 ラスティナから、魔力が放出される。

 魔術を使ったのか?


 でも、何か変化がある訳でもないよな……?


「私たちの姿が、私たち以外の人からみえないようにしました。ただ、喋り声や足音は聞こえるので静かに移動しましょう」


 見えなくなるって……、透明化か!?


 魔術とは自信と関係がある。

 使う魔術が成功するという自信があればある程、魔術が成功しやすくなると言う理論だ。


 透明化する、なんて事を確信できるのは実力がある証拠。

 ケイルスもアンナよりラスティナの方が、魔術の腕が良いって言ってたからな。


 ……にしても、透明化はやりすぎだろ。

 とても、砂糖と塩を間違えたラスティナと同一人物だとは思えないな。


「ちょっといいか?」


「……? えぇ、一体なにを――」


 本当に透明になっているのか。

 気になった俺は丁度近くにいたおじさんの元へ向かった。


 手を振ったり、踊ったりしてみても、全く気づいてない!!

 本当に透明になっているのか!!


 実験を終えて戻ると、ラスティナは顔を顰めていた。


「どうか頭の悪い真似はおやめ下さい。私にしか見えていないとはいえ、皇族の品位に関わりますよ」


「……はい。すみません」


 普通に怒られた。


「これから向かう所は少し危険が伴います。私がいるので大丈夫だと思いますが、くれぐれも変な真似はなさらないでください」


「そうですね……。はい、すみませんでした……」


 ちゃんと怒られた。


「それでは、私に付いてきてください。ここからはくれぐれもお静かに」


 ラスティナは唇に人差し指を当てて、そう言った。


 

 しばらく歩くと、ラスティナは一つの小屋の前で立ち止まった。


 このボロい小屋が見せたいものなのか?


 疑問に思っていると、ラスティナが窓を指さした。

 覗けってことか。


 窓から中を覗き見ると、そこでは二人の男が戦っていた。

 それを見た俺は、思わず息を呑んだ。


 まず一つ。

 男たちの動きが人間離れしたものだったのだ。


 お互いに床を駆け、壁を駆け、時には速すぎて目で追えないような動きさえ見せる。

 それでいて、無音。


 全く音が聞こえない。

 この男たちは、こんな化け物じみた動きをしながら、地を蹴る音すらも消しているのだ。


 まるで想像上のスパイや暗殺者のようだった。


 そして、二つ目。

 片方の男が見覚えのある奴だった。


 銀の長髪。

 そう、ケイルス・ニフルがそこにいた。


 ラスティナの方を振り返ると、彼女はそっと頷いた。

 これが見せたかったものか。


 俺は二人の動きを観察してみた。

 パッと見互角に見える二人だが、明らかな実力差があることに気づいた。


 ケイルスも動きは素早いし、音も立てていない。

 本当に十二歳の子供なのだろうか、そう疑ってしまうレベルだ。


 でも、もう一人の男と比べると、まるで児戯のように思える。

 男は一つ一つの動作が丁寧なのだ。


 素人目には詳しいことは分からない。

 だが、二人の間の圧倒的な実力差は感じられた。


 もしかしてケイルスはこの男に師事してるのか?

 そんな事を考えながら、二人のことを見ていると――、


「なぁ。俺がこんなクソみたいな所で暮らしてる理由、わかるか?」


 男は急に動きを止めて、ケイルスに問いかけた。

 ずっと戦っていた二人が戦闘をやめた。


 何を話すのか気になって、俺は耳を澄ました。


「足がつかないため、と言ってましたよね」


「あぁ。だからよ――」


 唐突に、男の姿がブレる。

 ほぼ同時にラスティナが俺の口を抑えて、俺の上半身を壁の裏側に引き戻した。


 直後、俺が元いたところをナイフが高速で過ぎていく。


 ――――ッッ!?

 

 ほんの刹那。

 男は俺たちのすぐ隣にいた。


 オーラが違う。

 気配が違う。

 身に纏う雰囲気が違う。

 

 遠目からでは分からなかった男の圧倒的な存在感が感じられた。

 恐ろしい殺気に場が包まれる。


 足が震える。

 背筋が凍る。

 目元に涙が溜まっていく。


 ラスティナに口を抑えられていなかったら、叫び声を上げてしまっていただろう。


「……逃がしたか」


 男はそう呟き、ケイルスの方を向き直る。

 圧倒的な威圧感が霧散していく。


「かなりの手練だったな……。俺はこの小屋を捨てる。お前はさっさと危険分子を排除しておけ。時期が来たら俺から接触する」


 土煙を上げて、男はどこかへ去っていった。

 取り残されたケイルスはポカンと口を開いている。


「それでは、私達も城へ戻りましょう。見せたいものは見せられましたから」


 ラスティナが耳元で囁く。

 俺は未だ震えている手足を無理やり押さえつけ、ラスティナについて行く。


 と言うか、もう動いていいのか?

 あの男、また戻ってきたりしないよな?


 俺の不安が顔に出ていたのだろう。

 ラスティナが安心させるように小声で囁く。


「大丈夫です。気配が感じられませんから」


 そうか。なら、良かった……。

 いや、死ぬかと思った。


 俺たちを認識してる訳じゃないのに、あそこまで威圧感があるなんて……。


「そう言えば、なんであいつは俺たちに勘づいたんだ? 見えてなかったようだったけど……」


「分かりません。少なくとも、術は完璧でした。達人の勘などではないでしょうか」


 達人の勘って……。

 冗談かと思いきや、ラスティナは至って真面目そうだ。


「……え? 本当に達人の勘とかなの?」


「……私の術が破られたのは初めてですからね。そうとしか言いようがないんです。私がジーク様を引っ張ったのも、咄嗟の勘でしたし、彼も勘が働いたのでしょう」


 勘って……。

 俺は音を立てないように注意してたんだぞ?


 それなのに、見えない俺に勘づくなんて、とんでもない化け物じゃないか……。


 ラスティナにあの男。

 世界には強者が多いな……。


 そう再認識しながら、俺たちは城へ戻った。

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