平穏の終わり

 あれから、アンナとの模擬戦は週に一度のペースでやっている。

 一週間でどんな戦略で戦うかを考えておいて、模擬戦でそれを実行するのだ。


 アンナが召喚出来るのは、剣士、槍使い、斧使いなど様々だ。

 おかげで今日まで色んな戦闘経験を積むことが出来た。


 今日もいつものように模擬戦をしようと屋外に出たところだ。


「アンナ、そろそろ俺もアンナと戦ってみたいな。そろそろ魔術師相手の戦闘も経験してみたいし、いいだろ?」


 アンナは「うーん」と指を頬に当てて首を傾げる。


「そんなに言うなら、やってみましょうか!! でも、全力を出せないように力を縛る魔道具を持ってきますね。先に行って待っててください」


 アンナは元来た道を走って戻って行った。

 それじゃあ、アンナが戻って来るまで今日の戦術の確認でもしとくか。


 頭の中で戦闘をシミュレートしながら、少し歩くといつも模擬戦をしてる場所に着いた。


 ……誰だ?

 いつもの場所には先客がいた。


 こんなこと今までで初めてだ。

 二人の男女が座って談笑していたのだ。


 片方は黒髪の女だ。

 アンナと同じようにメイド服を着ており、どことなく雰囲気もアンナに似たものがある。


 もう片方は銀髪を肩まで伸ばした少年。

 銀髪、か……。


 前にアンナから聞いたことがある。

 帝国皇室の人の髪色は揃って銀色なのだ、と。


 逆に帝国皇室でない者で銀髪の者は存在しないらしい。

 どうにもこの世界における銀とは神聖な色であり、初代帝国皇帝が神から祝福を貰った証なんだとか。


 そして、俺には一人の兄と妹がいる。

 十二歳の兄と、四歳の妹だ。


 前方に座っている少年もちょうど十二歳ほどに見える。

 はぁ、一体何をしに来たのか。


 俺は帝国皇室の人間に良い印象を持っていない。

 五歳になってから、一度も会っていないからだ。


 家族が監禁から解放されたら、会うのが普通じゃないのか?

 と言うか、母親に至っては名前さえ知らないのだ。

 

 この世界ではそれが普通なのかもしれないけど、そんな訳で俺は帝国皇室の人間に良いイメージを持っていない。


 心の中で深くため息をついて、二人の元へ歩く。

 礼儀に則って、腰を曲げ軽く頭を下げた。


「こんにちは、ケイルス・ニフル殿下。今日は一体どのような用でこちらに?」


 ケイルスも俺と同じように会釈をする。


「あなたがジークヴァルト・ニフルか。急にすまない。彼女からあなたが優秀な魔術師の卵と聞いてね。興味が湧いたのだよ」


 胡散臭い、第一印象はそれだった。

 

 貼り付けたような笑み。

 特徴のない平坦な声。


 前世で嫁の近くにいた人間と似た気配がする。


「私はラスティナ・プロントと申します。ケイルス様の教育係を拝命しております」


 黒髪の女性が礼をした。

 近くで見れば見るほど、アンナが想起される見た目だ。


 なんだか、アンナが真面目になったみたいで違和感がすごい。

 もしかして従姉妹だったりするのだろうか。


 アンナから家族の話はほとんど聞かないからな。

 今度聞いてみようか。


 その時、背後から地を蹴る音がした。


「ジーク様〜!! 魔道具取ってきましたよ!! さぁ、模擬戦を始め――――」


 振り向くと、アンナが走っている体勢で固まっていた。

 

 能面のように無表情。

 いや、どこか怯えているかのような顔をして。


「……ア、アンナ? どうしたんだ?」


「ジーク様……。そちらの……、ケイルス様方はどうしてこちらに?」


 俺が答えようとすると、制するように横から手が伸ばされた。


「ジークヴァルトが果てしない魔術の才能を秘めている、とラスティナから聞いてね。少しどんなものか見てみようと思ったのだよ」


「……、そうですか。でしたら、いつもしている模擬戦をジーク様にはやってもらいましょう。ジーク様、構いませんか?」


「あ、あぁ。大丈夫だよ」


 アンナとの戦いはどうしたんだ? とか聞ける雰囲気じゃない。

 アンナの様子がおかしい。


 口調がやけに丁寧だ。

 最近のアンナは面倒くさくなって、人前で口調を取り繕うのはやめたはずだ。


 それに、表情がおかしい。

 いつもの馬鹿みたいな快活な表情ではない。

 

 ひたすらに無表情なのだ。

 何を考えているかが分からない。


「いや。アンネリーヌ、君とジークヴァルトが戦ってくれ」


 アンネリーヌ……?

 ケイルスの言いぶりからして、アンナの事なのか?


「……、分かりました。それでは、魔封じの腕輪を付けさせて頂き――」


「いや、全力の君とジークで戦って欲しい」


 こいつは何を言ってるんだ?

 実力が拮抗していない相手と戦って、俺の実力が分かるものなのか?


 いや、ケイルスがアンナの強さを知らないだけか。


「ケイルス殿下。アンナはかなり魔術が得意です。俺じゃ、勝負にすらなりませんよ」


「知っているよ。彼女はラスティナ程ではなくとも、腕のたつ魔術師だとして有名だ。それにしても、アンナか。面白い愛称だと思わないか、ラスティナ?」

 

 知っているならどうして俺と全力のアンナを戦わせるんだ?

 それに、アンナが愛称だって……?


 やっぱり、アンネリーヌがアンナの本名なのか?

 それなら、一体なんで俺に本名を教えなかったんだ……?


 謎が渦巻いていく。

 会話が進む度に新たな疑問が湧き、それがまた次の謎を呼ぶ。


「……ケイルス様、お戯れを。それよりアンネリーヌ、辛いのなら無理しなくても――」


「……い、いえ。私は構いません。元々私とジーク様で戦うつもりでしたから。ジーク様、よろしいですか?」


「そりゃ大丈夫だけど……。アンナは良いのか?」


「はい、構いません」


 何か不味いことが起きる、そんな気がした。

 でも、それは何が原因かも分からない小さな違和感だ。


 それも理由に模擬戦を辞める程のことじゃない、そう思ったのだ。


――――――――――――――――――――


 模擬戦の準備をした俺とアンナは相対していた。

 模擬戦のルールはこうだ。


 先に一撃でも魔術を当てた方が勝ち。

 どうやら即死でないならどんな傷でも、ラスティナが治してくれるらしい。


 俺が使える魔術で即死させるなんてものはないからな。

 どんな魔術を使っても良いってことだ。


 あとは模擬戦を始めるだけ。

 そんな時に、ケイルスがポンと手を叩いた


「そうだ。せっかくの舞台がこんな野原では味気ないだろう」


 ケイルスがそう言うと、視界がぐにゃりと曲がっていく。

 気が付くと、俺たちは城の大広間のような場所にいた。


「幻惑の魔術……?」


「おや、よく分かったね。さすが神童だ」


 幻惑の魔術とは、その名の通り相手を惑わす系統の魔術を指す。

 視覚や聴覚を騙し、相手をまともに戦わせないようにする為の魔術。


 まさか、こんな使い方があったなんて……。

 

「ケイルス様!! これはやりすぎでしょう!! この魔術は私が解除します――」


「まぁ待ちなよ、ラスティナ。これはアンネリーヌの為でもあるんだよ。いつまでも停滞し続ける訳には行かない。そうだろう?」


「そ、それはそうですが……」


 アンナのため?

 それに停滞って――――、


「それじゃあ、模擬戦を始めよう。両者、用意!!  始め!!」


 ケイルスが唐突に開始を宣言した。

 急いでアンナの方を向き直ると――、


「……え?」


 そこには肩を戦慄かせてわななかせて、膝を震わせ、両手で顔を覆ったアンナがいた。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。ごめんなさいもう痛いのはいやっ!! 次は上手くやりますからっっ。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 両手の隙間から伺えるアンナの顔は、血が通っていないのかと錯覚するくらい青白くて、その姿はまるで何かに怯えているようだった。


「アンナ!? 大丈夫か!?」


 そしてアンナの元に駆け寄ろうとした時、衝撃が体を襲った。

 アンナに魔力を流し込まれた時と、同じ感覚だ。


「――――がぁっっ!?」


 異物は体内の俺の魔力を伴って胸の辺りに集まっていく。


 ――ま、待て!?

 何が、何が起こっているんだ!?


 俺はこんなことしようとしてない!!

 なんで、魔力が勝手にっ!!


 俺の体中の魔力は胸の辺り。

 いや、心臓のある所に全て集められた。


 そして、魔術は放たれる。


黒炎ダークフレイム


 青黒く、妖しく燃える炎の弾が放たれる。

 見たことのない魔術だった。


 だが、本能で理解出来る。

 人がまともに喰らって生きていられるような代物じゃない、と。


 ダメだっ!!

 このままだとアンナに当たる!!


 急いで魔術の進む向きを変えようとするも、制御が効かない。


 ――――ッッ!!


 せめて目の前で起こる惨劇から目を逸らそうとして――、


 ガキンッッ


 そんな音とともに、炎がかき消された。


「アンナッッ!! 大丈夫!?」


 ラスティナが、先ほどまで炎があった場所に手をかざしていた。

 そして、すぐにアンナの元へ駆け寄る。


「ごめんなさいごめんなさいっっ!! 私もすぐにお姉ちゃんみたいに魔術が使えるようになるからっっ!! たくさんがんばるからっ!! だから、もうぶたないでっ!! 痛いのも熱いのも、冷たいのも暗いのも、全部もういやなのっっ!!」


「大丈夫よ、アンナ。お父様はここにはいないわ。だから、安心して。大丈夫、大丈夫だから」


 分からない。

 何もかも分からない。


 目を剥いて何かに怯えて泣き叫ぶアンナも、

 アンナを必死に宥めようとするラスティナも、

 ニヤリと気味が悪い笑みを浮かべるケイルスも、

 何もかも理解出来ない。


 俺を置いて進んでいく状況。

 俺だけが部外者であるような気さえしてくる。


「あぁ!! まさかジークヴァルトがアンネリーヌ・プロントに勝ってしまうなんて!! 素晴らしい才能だな!!」


 そんな高笑いのようなケイルスの声を聞いても、反論する気力さえなく。


 俺はただ何も出来ずに、魔力が枯渇した事による微睡みの中に落ちていった。

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