魔術
部屋に戻ってきた俺は、アンナに魔術について教えて貰っていた。
「魔術を使うっていうのは、体内の魔力を使って想像した通りの現象を起こすことを言います。例えば、指先に小さな炎が出るような想像をしたら……、ほら!!」
アンナの指先にライターで生じるくらいの大きさの炎が現れた。
魔術は想像を具現化するのか。
という事は、定型化された詠唱とか魔法陣とかはないのかな。
今もアンナが何か特別なことをしたようには見えなかったし。
「考えた事が世界に及ぼす影響が大きいほど、消費する魔力は多くなります。つまり、魔術を使うには魔力が必要なんですよ。だから、まずは魔力という物を実感しましょう!!」
アンナはそう言って俺の右手を手に取った。
いきなりどうしたん――――――ッッ!?
体中に電流が走るような感じがした。
足や頭、胸など全身に異物が駆け巡っているような感じだ。
「……何だこれ。なんだかすごい気持ち悪いな。何をしたんだ?」
「私の魔力をジーク様の体に流し込みました。今ジーク様が感じている異物は私の魔力ですね。そんな感じにジーク様の魔力も循環させてみてください。こればっかりは感覚なので頑張って下さい!!」
魔力を循環って言われてもな……。
アンナの魔力に合わせて俺の魔力を循環させる、か。
目を閉じて意識してみると、どろどろとしたゲルのような粘体が動いているような気がした。
これが俺の魔力なのか……?
その粘体に集中してると、徐々にそれは粘性を失っていく。
少しすると、俺の魔力もアンナの魔力と同じように素早く体中を循環し始めた。
「……これで合ってるのか? どうだ? 出来てるか?」
「え? もう出来たんですか? 体を何かがギュルルって回ってる感じがするなら、出来てると思います」
「じゃあ、出来てると思う。次はどうするんだ?」
アンナは「へぇ」と驚いたように目を見開く。
「生まれてから時間が経つにつれて魔力を知覚しづらくなるのに……。ジーク様はかなり要領がいいですね!!」
おい、ちょっと待て。
「もしかして、俺がもっと年取ってから魔術の練習を始めてたら、魔力に気づけなかった可能性もあるってことか?」
アンナは汗を垂らし、俺から目を逸らし始めた。
……おい。
「……い、いやぁ。そんな事ないんじゃないですか? そ、それで、次は――」
「おい、嘘はやめておけ。さもないと、城中の人たちにアンナの授業が信用出来ない、と言いふらすことになるぞ」
「そうですね。世の中の魔術が使えない人は、魔術を知ったのが遅すぎて魔力の知覚ができなかった人たちです。で、でも!! ジーク様はこうして魔力の知覚が出来たのですから!!」
こいつ、今度は誤魔化し始めたぞ。
「……はぁ、まぁいいや。次からはこんな事ないようにしてくれよ。それより、次は何をすればいいんだ?」
アンナは助かった、とでも言うかのように肩を撫で下ろす。
「循環させている魔力を胸の辺りに集中させるんです。それで、考えている事が実際に起こるように願うみたいな感じですね」
胸の辺りに集める、か。
流れている魔力を、そこでせき止めるような意識でいいのかな。
実際にやってみると、想像以上に難しい。
いくら魔力を胸に留めようとしても、少しずつ漏れていってしまうのだ。
胸の辺りに少しだけ多く魔力がある状態でしかない。
どうすればいいんだろう……。
「これ、さっきと比べてかなり難しくないか。どう頑張っても少しは手足の方に魔力が流れちゃうんだけど」
「まぁ、最初はそんなもんですよ。少ししか集まってなくても、さっきやって見せたような事なら出来ると思いますよ。やってみて下さい!!」
さっきのってのは、指先から炎を出すやつか。
俺の指先に火が灯るのを想像して、願う!!
《
指先がほのかに暖かくなっているのを感じた。
期待混じりにそっちを見てみると――。
「おぉ!! 出た!! 炎が出たぞ!! って、あれっ?」
急に強烈な眠気が襲ってきた。
なんで? まだ昼前だぞ。
「ジ……様!! 大丈……すか!?」
いつもは……、こんなこと……。
あぁ……、ダメだ。思考がまとまらない……。
なんだか視界が暗くなって――。
――――――――――――――――――――
初めて魔術を使った日から約三年が経った。
その間、俺は寝る間も惜しんで魔術の訓練をしていた。
自分でもここまで頑張れたのか、と驚いている。
たぶん、魔術が楽しかったからだけど、この努力のおかげで俺の魔術の理解度はかなり上がった。
まず、あの時に俺が気絶したのは、体内の魔力が枯渇したからだ。
魔力が枯渇すると、無くなった魔力がある程度回復するまで眠り続けることになるのだ。
つまり、火の玉一つ出すだけで枯渇する程に俺の魔力量は少なかったということ。
もうほんと、意味がわからなかった。
いつもなら俺の事をからかってきそうなアンナが俺に同情していたレベルだ。
でも、俺は諦めたくなかった。
色々と試行錯誤していると、なんと魔力量の最大値が増加する事に気づいたのだ。
最大値が増えるのは、魔力を使い切った時。
それに気づいた俺は、毎日魔術を使って魔力を枯渇させた。
昼休みと授業が全て終わった後。
ひたすら魔術を使い続けた。
魔力が枯渇したら、気絶する。
その気絶してる時間だけで睡眠時間は確保出来た。
このお陰で魔力量が増加したし、魔術の感覚的な理解も進んだ。
例えば、魔術が発動する時としない時の違いについて。
魔術が成功するかどうかは、自信にかかっている。
その魔術を使うことが出来るという自信だ。
使えるわけないと思っていれば使えないし、絶対に使えると思っていれば使える。
空から大量の岩石が降ってきたり、急に地面が二つに割れ始めたり、そんな事が起こるとは到底思えない。
だから、そんな魔術は使えない。
でも、小さな炎を出したり、水を噴射したり、それくらいなら起こると信じきれる。
だから、こういう魔術は簡単とされているのだ。
ここで、大事な点が一つ。
魔術を使うのに必要なのは、魔力と自信だ。
つまり、魔力さえあれば、自分が出来ると思うことはなんだってできるのだ。
ここで、前世での経験が珍しく活きた。
でも、俺は知っている。
前世で
この世界の人が使えなくて、俺だけが使える魔術。
いわゆる
それに俺は憧れた。
そして、魔力量を増やす訓練と並行して、
その結果、昨日になってついに使えるようになったのだ。
俺の魔力を丸々持っていくほどの消費魔力だ。
切り札みたいな扱いで、そう気軽には使えなさそうだ。
でも、
一歩成長できた感じがするのだ。
こうして努力してきた俺は、その成果が見たいと思った。
だから今日は、初めて屋外で模擬戦を行うことにしたのだ。
「ジーク様が戦う相手は、私が召喚した剣士にしましょう!!」
「どうしてわざわざ召喚した奴と戦うんだ? アンナと俺が戦えばいいじゃないか」
召喚術はかなり疲れるらしい。
だから、そんな変な事しなくてもいいの思うんだけど。
「私は手加減できないので、ジーク様をボコボコにしちゃいます。そしたら、ジーク様は泣いて喚いて今後二人は気まずい関係に――」
「あー、分かった。じゃあ、その剣士と戦うよ。本物の人じゃないんだし、殺していいんだよな?」
召喚ってことは、どういう人なのかもアンナが決めれるってことだ。
つまり、俺は子供の剣士と戦うことが出来る。
流石に大人相手だとなかなか厳しいものがあるからな。
そういう点では、召喚術を使うアンナの選択も良いものに思えた。
「はい、勿論です!! でも、私も負けないように頑張りますからね!!」
「ん……? 戦うのは召喚された剣士だろ?」
「でも、操作するのは私ですから!!」
どうやらラジコンみたいなシステムらしい。
ってことは、アクションゲームのボスみたいに行動パターンを完全に見切る、みたいな事は出来ないのか。
「それじゃあ、召喚しますよ〜。…………、えいっ!」
そんな緊張感のない掛け声と共に、剣士が現れた。
素早さ重視なのか、金属鎧でなく革で出来た鎧を身につけている。
腰に携えた剣は、まんま日本刀のような見た目だ。
そして、最後にして最大のポイント。
剣士は大人だった。
俺に子供の剣士と戦わせるなんて殊勝な事を考えている訳ではなかった。
ちゃんと、大人だった。
ちらりとアンナを見てみると、「よし、行けっ!! ジーク様を剣の錆にしてしまえ!!」とか言って――、
「――ッッ!?」
《
その途端、強風が俺の体を軽く吹き飛ばす。
さっきまで俺の胴があった場所に、剣が振られているのが見えた。
「速い――――ッッ!?」
「あれ、避けちゃったかぁ……」
そんな言葉がアンナの方から聞こえた。
まるで殺す気だったみたいな言い方だな!!
剣士が斬りかかって来る度に、俺は風で吹き飛ばされている。
避ける手段がこれしか思い浮かばないから。
ただ、少しずつ癖が分かってきた。
行動パターンとまで言えるものではないけど、剣士の動きの癖だ。
俺の隙が大きい時、こいつは少し上段に構える。
つまり、隙があるのだ。
ならば――、
風で攻撃を避け、剣士から距離をとる。
少し意識して隙を見せる。
剣士が踏み込み――、
目の前に迫ってきて――、
剣を上段に構えて――、
今だっっ!!
《
剣士の手元に強風を叩きつけた。
剣士は剣を持った両手ごと上に打ち付けられ、バランスを崩している。
ーー勝った!!
《
手のひらから炎の球が放たれる。
よろけている剣士の体に炎球が触れ、即座に燃え上がった。
強かった、な……。
それに、この模擬戦で俺の弱点がはっきり分かったな。
これまで戦闘のシミュレーションをして来なかったから、咄嗟の場面での行動が賭けになってしまった。
それにずっと同じ魔術で攻撃を避けてたのも良くないな。
あれこそまさに、行動パターンだ。
きちんと分析されたら、移動先に剣を振られて終わっていた。
課題は山積みだ。
けど、この模擬戦は良い経験になったな……。
「アンナ、お疲れ様。模擬戦、楽しかったよ。付き合ってくれてありがとうな」
「は、はい……。ジーク様が満足されたようで、何よりです。はい」
アンナは俺から目を逸らして気まずそうにしている。
どうかしたのだろうか。
「そう言えば、さっきの剣士の身体能力、かなり高かったよな。召喚術ってのは、あんな強い奴を呼び出せるんだな」
「あぁ。それは誤解です。あれは私が本気でバフをかけたから身体能力が高かったんですよ」
「……えっと? なんでバフをかけたの?」
「えっと……、最近ジーク様が
「……は? どういう事?」
「いや、仕方ないじゃないですか!!
「いや仕方なくねぇよ!! 上下関係? そんなの俺が上だって分かりきってるだろ!! 俺は帝国の皇子!! アンナは雇われた教育係!! それに、その分からせで俺が死んでたらどうするつもりだったんだよ!?」
「致命傷以外なら治せますから!! 別に問題ないですから!!」
…………致命傷以外なら?
「致命傷だったら?」
「…………どんまい?」
「よし。陛下に教育係を変えてもらうよう打診してくる――」
「冗談です冗談です!! あの剣士は私が操作してましたから、いざという時は寸止めしましたから!!」
……まぁ、流石にそうだよな。
アンナもそこまで考えなしじゃない。
冗談の質は悪いけど、悪いやつじゃないのだ。
「そうか。それならまぁ、俺は訓練に付き合って貰った身な訳だし、文句はないよ。あ、でもバフをかけた本当の理由はなんだったんだ?」
「……え? いや、それは身の程をわきまえてもらおうと思って……」
「それは冗談だったんだろ?」
「え、いや……。冗談は致命傷の方で……。その、出る杭は打たれる、と言いますか。魔術を楽しんでる男の子を泣かせたかった、と言いますか……」
…………。
よし!!
俺は人生で初めて人を殴った。
《》についての説明
キャラクター達が点火!! とか強風!! とか頭の中で叫んでいる訳では無いです。
メタ的ですが、《》がないと内容が伝わりづらいと感じたので書き加えることにしました。
本当はこんな事しなくても良い様にしたかったんですが、僕の文章力では厳しかったです。
こんな説明を読んで不快に思った方がいれば、すみません。
それと、ここまで読んでくださった皆様、読んでくれてありがとうございます。
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