帝国皇子

 見渡す限り煌びやかな装飾が施された部屋。

 俺の身の回りの世話を手馴れた手つきで行うメイド服を着た教育係。


 いずれも前世では決して目にすることの無かった物だ。

 こんな世界が日常となったのは丁度五年前、俺が生まれ変わった時から。


 今の俺は、ニフル帝国第二皇子ジークヴァルト・ニフル。

 いわゆる皇族というやつだ。


 生まれ変わった当初は驚いた。

 何せ一国の王様の息子になってしまったのだから。


 でも、自由が遠ざかったという訳ではなさそうだ。

 もし皇帝になってしまえば、やる事だらけで自由なんてものはないだろう。


 だが、この国は、望まなければ皇帝にならなくて済むようなシステムになっている。


 それに、俺には四歳上の兄がいるのだ。

 そいつが皇帝になってくれれば良い。


 まぁ、せっかく生まれ変われたのだ。

 何か面白いことをしたい、そう思ったのだがーー、


 何も無かった。


 まず、外の世界と繋がれないのだ。

 

 帝国の皇子は悪意ある刷り込みなどを避けるため、五歳になるまで信頼のおける教育係一人によってのみ教育される。


 自分の部屋から外出することも禁じられ、ひたすら帝国皇子に相応しい教養を付けるため努力させられる。


 授業の内容は、

 

 四則演算など日常生活で用いる算術

 ニフル帝国含む様々な国の歴史と関係性

 世界中の主要な都市とその特色

 ニフル帝国民に共通する文化や思想

 

 など様々だ。


 この体の性能なのか、幼少期ゆえなのか分からないが、物覚えはかなり良かったと思う。


 それこそ一を聞いて二を理解する、くらいは出来ていたんじゃないだろうか。

 教育係のアンナは全く褒めてくれなかったけど。


 ただ今日からは一気にできることが増えるのだ。

 今日は俺の五歳の誕生日。


 引き続き教育係による授業はあるが、自由な外出がようやく許可される日だ。


「アンナ、朝食もとったし早く外に出よう!! 俺はこの日が楽しみでしょうがなかったんだ!!」


 食事の片付けをしていたアンナは面倒臭そうにこっちを見てくる。

 

「ジーク様、部屋の外ではその言葉遣いは控えてくださいね。私の給料が減りますから」


「給料が減ったって城に住み込みで働いてるんだから、使う機会なんてないだろ。減ったって大丈夫なんじゃないか?」


「大丈夫じゃないですよ!? 私いつまでもジーク様の教育係をやっていくつもりないですからね。退職後に稼いだお金でイケメンを釣って一緒に暮らすんです」


 ……まぁ、幸せの形は人それぞれだからな。

 それをわざわざ邪魔するほど俺も歪んじゃいない。


「分かった。じゃあ、外では砕けた言葉は使わないように意識するよ。ちなみに忠告しておくけど、金で寄ってくる異性は金がなくなったらすぐにいなくなるらしいぞ。気をつけろよ」


「私はそんなこと教えてないですよね!? なんでですか!! 捨てられるなんて……。そんな、そんな酷いこと………………。よくよく考えてみれば、そういう冷たいのもアリかもしれないですね」


 アンナは頬を上気させて、腰をくねくねしている。

 

 この教育係は本当に信頼のおける人間なのだろうか……。

 今更だけど、アンナを見る目を変えた方がいいかもしれない。


「……もう俺の前ではそんなこと言わないでくれ。アンナの授業を信じていいのか不安になってくるから。というか、さっさとここから出よう」


 アンナが「はいはい」と言いながら、ポケットから部屋の鍵を取り出す。


 ガチャリ、と音を立てて扉の鍵が開いた。


「私はジーク様が嬉しくて泣いちゃう姿がみたいですね!! 初めて部屋の外に出るんですから。外の世界は凄いですよ!!」


 俺はアンナの声を聞き流して、部屋の扉を開いた。


「これは……、確かに凄いな」


 思わず声が出てしまった。

 扉を開けた先には廊下があったのだが、その廊下が光り輝いていたのだ。


 俺の部屋ほどではないけど、かなり高そうなシャンデリアやらカーペットやら金がかかってそうだ。


 少し、生まれた家の財力を甘く見ていたかもしれないな。


「あれ? それだけですか? 物心ついた時からずっと部屋の中に監禁されてて、今ようやく出れたんですよ? 反応薄くないですか?」


「楽しみだったが、正直肩透かしだ。というか、幼子を監禁してる意識はあったのだな」


 俺は転生者だったから大丈夫だったけど、本当の子供には厳しいだろ。

 それとも、一国の皇子ともなるとこれくらい徹底しないと悪い虫がつくものなのかなぁ。


「まぁ、帝国の伝統でもありますからね〜」


 こんな風に軽く会話を交わしながら、俺たちは城の外に用意されている馬車を目指した。


 帝国の軍隊を見に行きたい、と事前に伝えておいたのだ。


 何かすべき事が見つかるかも、という希望と単純な好奇心からだ。


 剣を振って槍でつついて、馬の上から矢を放つ。

 なんというか、ロマンがあるからな。


 ということで、俺とアンナは帝国軍の訓練場に向かった。


 ちなみに、道中でアンナの口調が教育係としての相応しくない、と怒られていた。

 減給が決まったらしい。


 外の世界に出ると、色々な発見があるな。

 どうやら俺の教育係は、アホだったようだ。

 

 

――――――――――――――――――――



 部屋の中で受けていた授業の雰囲気から察してはいたけど、文明レベルは中世のそれだな。


 まぁ、中世がどんなモノか正確にわかる訳じゃないけど。

 イメージだよ、イメージ。

 

 馬車から降りてみると、道は二本に別れていた。


「アンナ、どっちに行けば訓練場なんだ」


「どっちも訓練場ですよ。確か右が剣術とか槍術とかの肉体系で、左が魔術のやつですね」


「……魔術? 今、魔術って言ったか?」


「はい。炎をブワッて出したり、風でギュンギュンさせるやつーー。って、えっ!?」


 それを聞くなり俺は左の道を駆け出した。

 教えて貰っている筈がない。


 魔術、前世で言う魔法みたいなものだろう。

 そんなもの、一度知ったら忘れるわけがない。


「ちょ、走ったら危ないですよ!? 城の中みたいにカーペットがないので転んでも知りませんからね!? 痛いですよ!! アスファルトは痛いですよ!!」


 この五歳の子供という未成熟な体でも強くなれるかもしれない手段だ。


 剣術とかは筋肉がないと厳しいものがあるけど、魔術は子供でも全然使える、なんてことがあるかもしれない。


「ジーク様、もしかして駆けっこですか? せっかく外に出たからはしゃぎたいんですね!! 気持ちはわかります。私も子供の時はよく外で泥だらけになって遊んだものですよ」


 もしそうなら、是非とも魔術を習得しておきたい。

 いつか、自由のために役立つかもしれないからだ。


 それに魔術なんて、まさにロマンそのものじゃないか!!

 男なら誰もが一度は憧れる存在だ。


 俺もそれになれるかもしれない。

 ワクワクが止まらないな。


「でも、ごめんなさい。これは流石に私が勝っちゃいます。いくらジーク様が優秀でも、私は二十四歳です。体の大きさが違いすぎますからね。だから、かくれんぼにしましょう!! それなら、お互いに平等ですよ!!」


「さっきからうるさいな!! 俺は魔術が早く見たくて走ってるんだよ!! 別に外に出てはしゃいでる訳じゃない!!」


「え? そうだったんですか? 言ってもらえれば、私が見せてあげたのに」


 こいつ……!


「そもそも魔術なんてものを知らなかったんだよ!! アンナが教えてくれなかったから!!」


「え? そんな訳……、あれ。いや、え、あれー? 私教えてないっけ……?」


 自問自答しているアンナを置いて走り続ける。


 少しすると、急に視界が開けた。

 

 どうやら丘になっていたらしい。

 丘の下を見下ろしてみるとーー。

 

 眼前に広がる光景は、まさに想像通りのものだった。

 

 炎や水があちらこちらで飛び交っている。

 ほとんどの人が魔法使いらしいローブや杖を持っている。


 俺の期待していた通りの魔術が、そこにはあった。

 

 すべき事が見つかったな。

 ひとまず目標を、魔術の習得にしよう。


「アンナ、魔術について学びたい。信頼の出来る教師を呼んで欲しい。それと、俺の部屋に魔術についての本をいくつか持ってきてくれ」


「おっ、やる気ですね。目がキラキラしています。いいですよ!! 協力してあげます。あ、でも魔術は私が教えますね。給料が上がると思うので」


 任せとけ!! みたいな顔をしてアンナがこっちを見てくる。

 大丈夫なのか?


 さっきの事があるから心配だが……、まぁ大丈夫なんだろうな。


 一応アンナは陛下に信頼されて俺の教育係をしてるんだ。

 それくらいの能力があっても不思議じゃない。


 ……それにしても、魔術か。


 あぁ、楽しみだ。

 一体俺はどんな魔術が使えるのだろう。


 定番の炎かな。

 それとも厨二心くすぐる闇だろうか。


 もし成長して剣も使えるようになったら、魔法剣士みたいなのにもなれるのだろうか。


 魔術について考えていたら、なんだか居ても立ってもいられなくなってきた。


「よし、もう探索はやめよう。今すぐ部屋に戻るぞ!! 魔術の特訓をするんだ!!」


「ジーク様が立派な魔術師になれば、減らされた分も取り戻せる!! よし、今すぐやりましょう!!」


 こうして俺たちは、それぞれの想いを抱えて部屋に戻ったのだった。

 

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