第13話


 あれからユスティーナは、発熱して数日間寝込んでしまった。五日目でようやく熱も下がり、昨日まで療養して七日目の今朝は何時も通り動けるようになった。

 今日は久々に教会へと行く予定だ。連絡は入れてあるが、きっと心配を掛けてしまったに違いない。


 ユスティーナは窓へと視線を向ける。そこには綺麗な花が飾られていた。倒れた日にレナードから屋敷に届けられたものだ。結局彼がお見舞いに来てくれる事は無かったが仕方がない。


 彼は忙しい人だから……。


 そして更にテーブルの上へと視線を向けるとそこにも花が一輪挿してある。ただこれは誰からの花からは分からない。エルマが受け取って来たのだが「匿名希望だそうなので。ただ怪しい方ではないのでご安心下さい」と言われた。暫くその花を眺めていたが、そろそろ時間だと慌てて準備をする。


 鏡を見ながら、耳飾りを外しそれを引き出しにしまった。もしも今日、彼が来たら伝える事がある。

 唇をキツく結ぶ。そして、ユスティーナは鏡に向かって微笑んだ。





◆◆◆



 朝から城内が騒がしい。理由は聞かずとも知っている。


「父上っ、婚約解消とは一体どういう事ですか⁉︎」


 ヴォルフラムが廊下を歩いていると、丁度執務室から出てきた国王とレナードに出会した。


「どうもこうもない。お前自身がその理由を良く理解しているのではないのか? ユスティーナ嬢が倒れた原因はお前だと訴えがあった。しかもこの期に及んでジュディット嬢を優先させ、見舞うことすらしなかったと聞いているぞ」

「それは初日だけです! 翌日もその翌日も、私は毎日オリヴィエ家の屋敷を訪問しています! ですが、門前払いをされてしまって……」


 必死に国王に弁明しているレナードを見たヴォルフラムは、内心鼻で笑った。


「言い訳なんて見苦しいよ、レナード」

「兄上……」

「父上はお忙しいんだ。私的な事で手を煩わせるのは感心出来ないな。父上、後は僕が引き受けますからどうぞ公務へお戻り下さい」



 廊下は余りにも目立つので場所を移す事にした。レナードは俯き加減で動揺が隠せない様子で、ヴォルフラムの後ろをフラフラしながらついて来る。


「レナード、座りなよ」


 応接間へ入ると、ヴォルフラムは先に長椅子に腰を下ろしレナードへと座るように促す。すると弟は渋々向かい側に座った。


「で、何だっけ? ユスティーナ嬢との婚約を解消したの?」

「早朝に父上から執務室に呼ばれたので行ったんですが、開口一番にユスティーナとの婚約解消を告げられたんです」


 レナードは俯きながら膝の上の拳を握り締める。


「成る程。で、お前は何がそんなに不満なんだ? お前が好きなのはジュディットだろう。これまでユスティーナ嬢には全く関心もなかったじゃないか。なら別にそんなに騒ぐ必要はないだろう」

「そうかも、知れませんが……」

「知れないじゃなくて、そうだろう。全て事実だ」


 ハッキリと告げてやるとレナードは、暫し黙り込んだ。そしてポツリポツリと話し出す。


「以前にもお話ししましたが……私はユスティーナと婚約を解消したかった訳ではないんです」


 確かに以前にも同じ事を言っていた。だが流石のヴォルフラムも何故レナードがユスティーナと婚約解消したくないのかまでは分からない。ジュディットが手に入らないからという理由ならば、別にユスティーナである必要はない。


「彼女に対しては、確かに恋情はありません。ですが、一度婚約した以上は最後まで責任を果たさなくてはならないと、今もそう思っています」


 成る程。ヴォルフラムは妙に納得をした。

 弟は昔から拘りが強く、変な所で真面目で己の正義を振り翳していた。ユスティーナとの婚約に対してもそれが作用しているのだろう。


「お前の言う責任とは、彼女を生殺しのまま飼い続ける事か」

「……仰っている意味が、分かりません」


 ヴォルフラムは大袈裟に溜息を吐いた。


「なら莫迦な弟に、いい事を教えてあげるよ。そう言うのは責任とは言わないで独り善がりって言うんだよ。お前だけが満足して、お前だけが幸せで、お前だけに都合の良い世界だ。そこに彼女の意思は存在しない。お前から解放されれば、彼女は寧ろ幸せだろう。だから責任なんて言葉を使って悔いる必要はないよ」

「……」


 レナードは、目を見開き口をダラシなく半開きにして固まっていた。


「……まあいい、これ以上言っても時間の無駄だ。彼女とお前の関係は終わった。それ以上でもそれ以下でもない。それを今直ぐ理解しろ。話は仕舞いだ」


 レナードは未だ放心状態で微動だにしないが、ヴォルフラムはそれを無視して部屋を出た。そして扉を閉めた瞬間、鼻を鳴らした。

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