第14話


「ユスティーナ様、体調を崩されたと聞きましたが、もう大丈夫なんですか」


 久しぶりに教会へ足を運ぶと、シスターや子供達に囲まれ、酷く心配をされた。


「はい、もうすっかり元気になりました。ですから、今日からまた宜しくお願いします!」


 とは言ったのだが、心配だからと暫く調理など身体を動かす作業はしないで下さいと調理場から出されてしまった。

 「もし、大丈夫そうなら子供達とお話でもしてあげて下さい」と言われたが、遊ぶのは病み上がりなのでダメだと言われた。実質何も出来ない状態だ。手持ち無沙汰だった。


「……」


 取り敢えず外に出るも、やはり子供達は皆走り回ったりして遊んでいてやる事がない。仕方なしに、木陰に移動して座る事にする。

 暫く子供達の遊んでいる様子をただぼうっと眺めていた。


「……」


 これでは何の為に来ているのか分からない。そう言えば、今日は彼は来ないのだろうか……。


「ユティ」


 そんな事を考えていると、後ろから声を掛けられた。振り返らなくても誰かなんて分かる。彼だ。


「お久しぶりです」


 敢えて彼の顔を見ずに答える。ユスティーナは真っ直ぐに子供達を見ていた。


「隣、良いかな」

「どうぞ」


 何時もなら、このままたわいの無い話をする。だが今日の彼は何も話してこない。暫く長い沈黙が続いた。


「身体はもう大丈夫なの」


 社交辞令なんかではなく、本当に心配してくれているのだと感じる声色に胸が苦しくなる。


ーー絆されてはダメだ。


 彼とあの日此処で出会してから、ずっと警戒しなくてはと思っていた筈なのに、何時の間にか絆されてしまっていた事にあの瞬間気が付いてしまった。浮気……まさか自分がそんな事をしている自覚なんてまるで無かった。でも聡い彼は違う、きっと理解している。分かりながらユスティーナに近付いてきた。彼にとって自分は暇潰しの相手くらいの存在なのだろう。若しくは、弟の婚約者と浮気という刺激が欲しかっただけかも知れない。何故なら彼には大切な人がいるのだから……。


「流石です、ご存知なんですね」

「君の事なら何でも分かるよ」


 少し戯けたように話す彼に、何時もなら笑えていたのに今日は笑えなかった。


「なら、私の今の気持ちもお分かりになりますか?」

「久しぶりに僕に会えて嬉しい、とかかな?」


 顔を覗き込まれ、見ないようにしていた彼の深い蒼色の瞳と目が合ってしまう。思わず立ち上がり逃げようとするが、腕を引かれ彼の腕の中に倒れ込む。ヴォルフラムはそのままユスティーナを抱き締めた。


「っ、ヴォルフラム殿下! 離して下さいっ」


 力一杯暴れるが、力の差があり過ぎてビクリともしない。寧ろ益々彼の腕に力が篭っていくように思えた。


「嫌だ。離したく無い」

「そんな子供みたいな事言わないで下さい! わ、私浮気なんて、したくありませんっ。倫理に反します! それに自分がされて嫌な事は人にしてはいけないって、お母様から良く言われてました! だからっ……だからもう、此処には来ないで下さい……」


 また、長い沈黙が流れた。時間が止まってしまったかのように彼は微動だにしない。その間、ユスティーナは大人しくヴォルフラムの腕の中に収まっているしかなかった。彼の鼓動が脈打つのを全身に感じ、息を呑む。そして、ヴォルフラムはゆっくりと口を開いた。


「そう……君がそれを望むなら、分かったよ。僕の所為で嫌な思いをさせてしまってごめんね」


ーーそんなに苦しそうに謝らないで下さい。


 彼はユスティーナの耳に触れると、何度か撫でる。まるであの耳飾りをつけていない事を悲しんでいるように思えてしまった。


「でも最後に教えて欲しいんだ」

「はい」

「ユティは僕の事、好き?」


 ヴォルフラムはユスティーナからゆっくりと身体を離すと、真っ直ぐに見つめてくる。その顔は戯けても、少し意地悪そうでも、作り笑顔でも、王太子としてでもない。ただのヴォルフラムという青年の顔をしていた。ずるい人だ。


「……いいえ。私はレナード様の婚約者ですから」


 今朝、鏡の前で練習をした笑顔を彼へと向けた。すると彼は、今度は何時もの少し意地悪そうな笑みを浮かべた。


「なら、レナードの婚約者じゃなくなったら僕の事、好きになってくれるんだね」

「ち、違います! そういう意味では……それに、ヴォルフラム殿下にはジュディット様が……いらっしゃるではありませんか……」


 俯きそうになる顔にヴォルフラムは触れ、目を逸らす事を赦してくれなかった。


「じゃあ、また来るよ」

「それって……」

「僕の気持ちは変わらない。君が……いや、やめておこう。また君を苦しめてしまうからね。またね、ユスティーナ」


 そう言って彼は屈託ない笑みを浮かべ、去って行った。

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