第7話 路地裏チェイス(2)
カーネルが消えた曲がり角へと飛び込んでいくアズミ。幸いにも彼の姿はまだ目視できる距離だった。
だが問題は単純な距離ばかりではない。
次の角を曲がったアズミの目前には、白い柱が縦に横にと乱立していく様が広がっていた。
「これがカーネルさんの魔想……?」
何もない場所へ魔力の粒子が集まり、また新たな柱を形成していく。そうして出来上がる、白い柱のアスレチック。そんな光景の奥にカーネルは立っていた。
それは彼が造りだした魔想には違いない。しかし聞いていた話と違う。ヘクターによれば、カーネルの魔想は『手』をかたどったもののはずなのだが。
「どうでしょうか? 私の魔想をお見せする機会がなかったものですから、自己紹介も兼ねて今回の敵役を担当させていただきました」
路地は
アズミは前に向けた手から顔のサイズほどの水弾を飛ばす。今の位置からカーネルを狙うのは困難。なので彼女の狙いは、邪魔な柱を破壊することだった。
柱は壊れず、水はあたりに飛び散った。先ほどと同じ結果だ。
「やっぱり破壊できない。ただの見せかけじゃなさそうですね」
分かっていた結果に大して落胆もせず呟く。
この路地に生えている柱。よく見ると
魔想では整った形の構造物を生成するのは困難だ。見た目を似せることは可能でも、中身は空っぽの張りぼてになるのが関の山。そう、普通の魔想使いでは。
「御覧の通り、これらの柱は私の魔力で練り上げられた『王城の柱』です。強度は魔力砲弾を防ぐことができる程度。私が命令を送るか、この強度を上回る攻撃で破壊されない限り、生成した後もこれらは独立して存在し続けます」
勉学の講義を開くかのようにカーネルが説明をする。
思った通り、これらの柱は彼の魔想によるもの。つまりカーネルが身に付けた固有の魔想は柱を生成するものだと、一応の予測は立つ。
それでも疑問は残る。そしてここは、幸いにも戦場ではない。彼女は抱えた疑問を、素直にぶつけることにした。
「カーネルさん、質問です」
「どうぞ」
快く質問を促す彼は、やはり教師に向いているのではないか。アズミは懐かしい雰囲気を思い出しながら口を開く。
「あなたの魔想のことは、実はヘクターさんから聞いていました。ですがあの人の話だと、カーネルさんが扱う魔想は『手』の形をしているということでした。『柱』と『手』、どちらもあなたの魔想ということですか?」
過去のトラウマ、心的外傷後ストレス障害(PTSD)による魔想の固定化。この組織にいる人はみな、魔想が自由に扱えなくなった代償に、それぞれ一つの個性に突出した魔想を持つようになったという。
例えばヘクターは剣の魔想を使う。他の魔想はまったく使えない代わりに、剣の形であれば誰にも真似できない精度と自由度で操ることができた。
魔想と深層心理は密接な関係にある。故に、心に深い傷をつけた事件は、魔想の形に執着を刻む。カーネルも同様であれば、扱える魔想の種類は限られるはずだ。
「そうですね。どちらも私が造る魔想に違いありませんが、この場合は『手』の方が本質と言っておきましょう」
「手が、本質?」
ええ、と彼は口元を綻ばせ、その『手』を取り出した。
溢れる白金の煌めき。彼自身の手のひらから生え出るように、一本、二本、後から後から追うように発現する。その色は日暮れに見る月のように希薄で、抽象画のように不確かな形をしている。
「見えますか? これが私の『手』。物質の情報を解析し、収集する魔想です。手そのものというよりは、『感触』の具現化といった方が正しいですね。彼らは好奇心旺盛でしてね。掴んだものを何でも知りたがるのです」
手のひらの花瓶に挿された十本ほどの
あれこそ話に聞いた通りの魔想だ。あれはモノの情報を読み取ることに長けた手。その触覚にかかれば、たとえ人体であれ情報を解析し、体の不調を明らかにすることさえ可能らしい。
その手と、もう一つの魔想である柱。手が本質であるなら、柱はその応用?
両者に関連があるとするならば、その繋がりは何だ? 手が集める情報が五感をも含み、魔想の材料として有用であれば、あるいは。
「彼らが集めた情報は私の元でよりあわされます。さながら、真っ白の紙に設計図を書き込んでいくようにね。私の中で情報は知識となり、想像力となり、そして完成した設計図は私の武器となる」
カーネルがかざした手に魔想の光がこもる。白金の手はもう消えている。別の魔想を使うつもりだ。
だがアズミもまた、彼の
「回答はこんなところでよろしいでしょうか? そろそろ始めましょう」
そうして彼が行動に移るより前に、先手を打たせまいと、アズミは命令を下す。
魔想は魔力の流れる肉体の表面から生成するもの。手元から離れた魔想を方向転換させるのは難しい。だがそれは、決して不可能というものでもない。
初めに柱へぶつけた水弾。飛び散った水との回線を維持したまま、死角へと潜ませ、そして今また塊を形成してカーネルへと向かわせる。
軍で仕込まれたアズミの実戦術。即ち、使える手はなんでも使う。
カーネルは一歩も動かなかった。そのまま水弾は彼の腹部に直撃する。
直撃を受けた腹部に、ひびが入った。
「な……に……あれは?」
予期していたものとは違う、バリ、という硬い亀裂音。アズミが目を見張る先で、カーネルの像に幾本もの筋が走り、分割され、音を立てて崩れた。
鏡だ。直線の路地に対して斜めに設置された、大きな鏡。
「これは『王城の鏡』。王城の一室にて、壁一面に貼られていた鏡を解析し、この通り複製しました」
脇道から姿を現わす、本物のカーネル。彼はずっと鏡を通して話をしていたのだ。路地の暗さもあいまって、鏡面に映った像は本物と見分けがつかなかった。
割れた鏡は既に影も形もない。鏡も魔想だ。
先手の取り合いでは、彼が先んじていたようだ。騙し合いは、彼が
そうして彼は、手に宿した新たな魔想を形に変える。
「複製。偽造。レプリカ。私の魔想は既にあるものを造る、ただそれだけのもの。ですが小細工ならば、私も得意とするところです。どうぞお見知りおきを」
造ったのは、一丁の拳銃。
照準を定めた黒い銃口が、火を噴いた。
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