第8話 封鎖

 耳なじみのある発砲音が、せまい路地を裂くように抜けていく。

 路地に張り巡らされた白い柱に隠れて正面から飛んでくる銃弾をやり過ごしながら、アズミは少しずつ前進を試みていた。


 轟音、残響、そして瞬間に、命を刈る弾丸。

 戦場に出た経験は一度だけなのに、その音は自分の身に深い恐怖を刻んでいった。


 だがこの発砲音は、耳が憶えているものより、少し軽い。


「それ、カドラム軍が使っている正規品とは違いますね?」


 柱越しに声をかける。鳴りやまぬ発砲音の向こうからカーネルは穏やかに返す。


「ええ。これは偽物。以前回収したカドラムの物品で、おもちゃの中に紛れていたものです。実際の武器を模した遊具など、あちらも妙なことを考えるものですね。弾は柔らかいので、当たっても死に至ることはないでしょうが、少々の痛みはお覚悟を」


 しばらく発砲音が続いた後、それが唐突に止んだ。恐らく弾を撃ち尽くしたのだ。アズミは打って出るべきか考え、一秒後に否と結論を出した。

 アズミの予想通り、カーネルは撃ち尽くした拳銃を惜しげもなく放ると、手の内に新しくフル充填の拳銃を造り出し、何事もなかったように銃撃を再開した。

 魔想の銃であれば、魔力がある限り弾が尽きることはない。銃本体が壊れようとも、さほど難なく複製することが可能ということ。


「カドラムの武器がどうやって作られてるのかなんて知らないけど、あれほど簡単じゃないでしょうね……」


 独り言と一緒に、次の柱へ飛び込む。

 互いの距離は十メートルほど。たかが十メートルだが、困難な道のりだ。


 あの銃にどうやって対処すべきか。

 最悪、当たっても死にはしないのなら、被弾覚悟で突っ切る手もあるが……それは実戦での死を意味する。実戦で使えない択は採らない。

 仮想作戦とはいえ、想定するのは命懸けの場面。弾に当たっては駄目だ。


 考えた末に、アズミは両手を使って魔力を集める。


「ふむ、私の柱に籠りますか。ですがそこは、決して安全地帯などではありませんよ」


 カーネルは自ら形成した柱に命令を送った。すると堅牢な柱は、まるで蜃気楼しんきろうであったかのように魔力の塵となって消える。


 発砲。柱の裏に隠れていた少女へ凶弾が向かう、はずだった。

 それは少女の肉体を貫くより前に、透明な水に吸い込まれ、威力を失った。


「銃弾に対する盾なら、こっちにも用意があります」


 両手で造った水の塊。

 似たような状況は以前にも経験し、とっくに対処済みだ。


「なるほど、水で銃弾の速度を殺しましたか……!」


 自身の仕掛けた策に、面白いほど余裕の対処を見せる少女。カーネルは目の前の相手に感心を覚えているようだった。


 銃が通じないと悟るや、彼は結んだ灰色の後ろ髪をなびかせるように身を翻す。そうして背を向け、曲がり角の奥へと姿を隠した。

 アズミたちの目的は彼から指示書を奪うこと。彼の場合はそれを防ぐことが目的。であればまともに戦う必要は、最初から彼にはない。


「逃がしません!」


 柱をすり抜けながら、曲がり角の奥に消えたカーネルを追う。新たな道に入る度に縦横に展開される柱の数々を、アズミは流麗りゅうれいな身のこなしで突破していった。


 だが彼の造った障害物は微妙なロスタイムを生み出しながら、二人の距離を少しずつ引き離してゆく。生成される数が減少しないところを見るに、魔力の枯渇も感じられない。


 痛感する。真っ向から戦うのであれば、相手がどんな武器を使おうが対処の方法は思いつく。けれどああも逃げ回る相手に対して、それを捕らえる手段が少ない。

 ヘクターとの修練では身を守る術を磨いたが、積極的な攻撃を欠いていた。


 このままでは、完全に姿を見失ってしまう。


「あの弱虫! どこで何をしているのだか……」


 未だに合流できない気弱な顔を思い浮かべる。別行動をしてから、相手の逃げ道に回り込むくらいの時間は既に経った。なのに、まだ町をさまよっているというのか。





 一方アラタは、通りの半ばで立ち尽くしていた。


「何なんだこれ……」


 彼の目の前には、建物の間を塗りつぶすように不自然に生えた白い壁。道中では、もう同じものを何度も見かけている。それは最初にカーネルを発見した時、彼の背後にあった壁と同じもののようだった。

 あの時、白い壁は唐突に消えた。カーネルが意図していたかのように。

 恐らく魔想によって造られたのだろう。だが目の前の壁は、軽く殴ったくらいではびくともしない。


『およ?』

「ユルル、道は見つかった?」


 壁の突破が困難であることを悟り、新たな期待を込めてユルルに問う。

 ユルルは現在、最短の経路を割り出すために集中を割いていた。


『あったよー。そのままみちなりに三キロさき~』

「よし、三キロ先…………ちょっと待って。えっと、聞き間違い?」

『じゃあもっかいいうよ~。そのままみちなりにー、さーんーキーロー、だよ』

「うん。聞き間違いじゃなかった。丁寧に言ってくれてありがとう」

『どーいたしまして』


 ともかく分かったのは、普通に経路をたどっていては、かなりの時間を要してしまうということ。


「他に道は?」

『おすすめは上~。ネコさんみたいにぃ、やねの上をぴょんぴょんすいー、ですぐだよ~』

「屋根の上?」


 確かに建物の上を通れば、地上の障害物は無視できてしまう。屋根を自由に伝うことができれば、カーネルの元へ向かうのも容易だろう。

 子供らしい突飛な発想だが、問題が一つ。アラタは猫ほどには身軽ではない。屋根上でアクロバットを決めるのは、到底不可能だ。


「……今は全力で走る。急げば、まだ決着がつく前に間に合うかもしれない」


 りょーかーい、と間延びしたユルルの返事とは反対に、アラタは走る速度を上げていった。それが最良の選択だと信じて。

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