第6話 路地裏チェイス(1)
仮想任務。架空の設定を元にした任務において、今回の要点は大まかに二つ。
一、目標の場所を知るユルルの案内に従う。
二、相手から指示書を奪う。
一に関しては引っかかる要素がない。工夫の余地があるとすれば、二番目の目的をいかにスムーズに遂行するか。
つまり、問われるのは戦闘能力。
任務を滞りなく行おうとするのならば、自陣の力量を見極めておく必要がある。相談のためにアズミが口を開いたのは、任務開始の合図から六秒後のことだった。
「あなた、まだ魔想が使えないって本当?」
「ウグッ」
いきなり図星を突かれた。あまりにも手痛い事実だったので、思わず
アズミとは訓練兵時代からの顔見知りだが、こちらへ来てから会話をしたことはほとんどない。互いの状況を直接聞く機会もなかった。
「……本当です」
そして白状。
片や上級魔導兵にも匹敵する使い手、片や魔想を発現すらできない見習い以下。アラタからすれば羞恥を通り越して自分自身に呆れ果ててしまう実力差だが、アズミはその部分を特にあげつらうことなかった。
「ふーん。まあ、あのアラタ・マクギリだものね。戦闘は私ができるから、あなたは……邪魔にならなければいいよ。――――ユルルさん、どの方向へ向かえばいいんですか?」
『さいしょはねぇ――』
アラタの言葉を待たず、アズミは通信越しのユルルに指示を請う。まるでアラタを、頼るべき人間として数えていないようだった。期待すらされていない。
これには争いごとを好まないアラタもムッとする。通信を終えて背中を向けた彼女へ待ったをかけた。足を止めて振り返る彼女へ言う。
「僕もこの任務に関わる一人だ。ここはきちんと協力して事に当たるべきだと思う」
この提言に、アズミは困り果てたように頭を人差し指で突く。
声に出す前から分かった。その反応は、無知な子供が投げかけた愚かな質問に、どんな言葉で間違いを正してやるべきか困った大人のそれ。
「協力、ねぇ。協力って私、相手と自分がそれぞれに成果を出して、初めて成立するものだと思うのだけど」
「そ、それはそうだ。まったくもって同感だ。だから僕も、自分なりにできることを――」
「あのさ。あんまりこんなこと言いたくないんだけど、訓練兵時代からあなたって戦闘について得意なことってあったかしら? 『虫も殺せないアラタ・マクギリ』は、一体何ができるって言うの?」
返す言葉がなかった。それはまたも、彼女が口にしていることが悉く真実であるためだった。
アラタが彼女のことを優等生と認識しているように、彼女もアラタのことをよく知っていた。同期の訓練兵の中、彼女とは別の方向で、アラタもまた有名人ではあったのだ。
虫も殺せないアラタ・マクギリ。多くの同僚が彼をそう呼ぶ。その二つ名は、アラタが対人戦闘訓練において最低に近い成績を出し続けたことに由来していた。
「あなたがどんな魔想を持っているかは知らないけど、魔想が使えたところでやっぱり役に立つとは思えない。だから今回は、私一人でなんとかする」
アズミは背中を向けて歩き始める。余計な荷物を捨て置くように、アラタを待つこともなかった。
『とうちゃくとうちゃく。ターゲットにとうちゃ~く』
町を巡ること三十分後。路地から広い通りに出たところで、ユルルが声をあげた。
『大きなみちにでたら、みぎむけみぎ! ちょうどたてものとたてもののあいだで止まってる人が、こんかいのターゲットだよ~』
なんとなく伝わりづらい指示だが、ユルルが示した方角には確かに、見知った人物が道行く通行人に紛れて立ち止まっていた。
建物の間を塞ぐ白い壁に寄り掛かった灰色髪の男。黒いコートを羽織る姿は、理知的な学者のような風格がある。
確認するやいなや、アズミはその目標へと足早に歩いていく。
「あの人を逃がさないように」
後方から付いてくるアラタへ指示を出す。彼はアズミと並んでちょうど対象の逃走経路を塞ぐような位置取りをして、距離を詰めていく。
自身を囲む異変に顔を起こす男。アズミはそんな彼に声をかける。
「見つけましたよ、カーネルさん」
「はい。ですが本番はこれからですよ」
灰色髪の男、カーネルが不敵に笑む。彼の胸ポケットには、赤色の封筒が分かりやすく挟まっていた。あれが目的の指示書だ。
封筒を奪おうと不意に手を伸ばすアズミ。
だがその手はあえなく空を切ることとなる。
このまま何事もなく指示書が手に入るとは思っていない。だから急な事態に備えて体を動かす準備は整えていた。人目についてしまうが、必要とあらば魔想を使う用意すらもできている。
しかし、壁を背にしたカーネルの動きは、その状況から想定される予測を裏切った。彼は自身に向けて手が伸ばされるのと同時に、壁のある後ろへと身を倒したのだ。
彼が身を預けていた白い壁は、なくなっていた。
「やられたっ!」
白い壁の消えた奥。隠されていた狭い路地へとカーネルは身を滑らせていく。
アズミは歯噛みをしかけ、その無駄を嫌って即座に水弾を撃ち出した。路地の壁が人目を塞ぐことを信じて。路地の奥へ向かうカーネルを水弾が追う。
その射線を、突如として壁の隙間に現れた柱が遮った。水弾は柱に衝突した。
何が起こったのか分からない。だが考える前に、アズミは飛び出す。
「アズミ!」
後ろから自分を呼ぶアラタの声。そんな無意味な行動に時間を割くくらいなら少しは自分で考えて動いてほしいと、アズミは心底げんなりした。
最低限の視線だけやって、困った迷子のような顔へ声を張り上げる。
「あなたは別の路地から追って! ユルルさん、彼の誘導を」
『りょーかーい!』
「それと、戦闘に集中したいので、連絡はなるべく控えるように」
伝えるべきことを手短に済ませ、自分の仕事に集中。
カーネルが消えた曲がり角へと飛び込んでいく。
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