第6話 戦場の獣
軽く、風のように地を駆ける。
突如として戦場に現れた
目標は小隊の指揮官、ラオス少佐だ。
「……予測になかった事態の発生だ。各隊員は車両まで後退。ブラボー、チャーリーは目標を狂獣に変更。すぐに排除しろ」
無線機に向けてラオスは声を発する。カドラム兵は狂獣を新たな脅威と認識し、銃口を向けた。
前方より自動小銃の射撃。狼の足は人間離れした速度で、地を這うように迫る銃撃を
アラタの眼は今や狂獣のものだ。殺戮に長けた獣は、視界に捉えた状況から己に降りかかる危機を察知する。その異常な直感能力はアラタにも備わり、着弾位置を予測させている。
兵士二人の脇を抜け、攻撃指示を行っていたラオスに側面から襲いかかる。
「指揮官の俺を狙って来たか! 小癪な畜生め!」
狂獣の動きを警戒していたラオスは素早く銃を構えて発砲。
至近距離からの銃弾も、アラタは何とか横に回避する。そして銃口が自身を追いきる前に、ラオスの自動小銃へ飛びついた。
抑制を失ったように加減なく歯を立てる狼。遠ざけようとするラオスに振り回されつつ、喰らいつく。
「クソッ、小賢しい!」
ラオスはアラタの腹に肘を打った。その衝撃で口から銃が離される。すかさず銃口を向けるラオスだったが、異変に気付いて舌打ちした。
鉄の銃身は噛み砕かれていた。
破片を地面に吐き捨てるアラタ。血が溢れる歯茎をむき出しにして唸る。
「……何を見てやがる。俺に何か用か? 獣如きが」
そこへ銃撃が追いついた。後方より、先ほどすれ違った兵士二人が追い縋ってきたのだ。
まだ距離は遠い。自分を狙いきれない銃弾が地面を削る音を聴くと、駆けだした。
せめて指揮官だけでも無力化する。そうすれば少数の部隊は撤退せざるを得ないだろう。
銃を捨て無手となったラオスは、片腕を盾にするように突き出す。
アラタは無抵抗なラオスの太い腕に深く噛みついた。鍛え抜かれた筋肉だが、鉄よりは柔い。このまま噛みちぎってやろう、そう考えた時だ。
「獣とはいえ、武器を狙う知能があるのは驚いた。だが所詮は、思慮の浅い馬鹿の考えだったようだなぁ!」
頭に、冷たい鉄の感触があった。
それはラオスが隠し持っていた、拳銃の先。
狼の眼前、悪魔の笑みが宿った。
「死ね」
引き金が引かれ、弾薬が撃発する。射出された弾がゼロ距離先の狼の頭に抉り込み、血肉を散らした。
燃えるような痛みが頭に広がる。腕を噛む力が抜けていく。
「……チッ、手間取らせやがって。ここらが潮時か」
呟くラオス。拳銃が地面に置かれる。
戦場を荒らす狂獣の登場によって、カドラムの少数部隊は戦力をそちらに割かねばならなくなった。戦陣には穴が空き、作戦の再開は不可能。そろそろ混乱から脱したアルトランが盛り返す頃合いだ。
力なく倒れたアラタの体が蹴られる。深く突き立った歯が引っかかり、なかなか腕から離れない。口が無理やりこじ開けられる。
けれど、アラタにはまだ思考があった。
意志は途切れることなく続いていた。
瞼が見開かれ、その眼が
「こいつ、まだ……!」
焦るラオスの声。手放した拳銃を拾い、素早く引き金に指をかける。
銃口が再び火を吹くその前に、アラタは首をねじりながら顎に力を入れた。
ゴキッ、ブチッ。肉と肉が、嫌な音を立てて引き離される。
「アアアアぁ! 糞がぁァ!」
悲痛な叫びが上がる。ラオスは体ごと腕を振り回されバランスを崩した。おぼつかない手元から撃った銃弾は、アラタを掠めながらも空を切った。
ついに骨をも噛み砕いたアラタは口を離して距離をとる。
そこへすかさず自動小銃の銃撃。アラタは咄嗟に飛び退き、上官へと駆け寄る二人の兵士を警戒した。一人が牽制しながら、もう一人がすぐに手当てを施す。
「隊長!」
「……撤退だ。これ以上は――」
微かに聞こえる会話の断片。自分は十分に役割を果たしたようだ。
そして、これ以上はどうも体がもたないらしい。
銃弾が突き刺さったままの
兵士の銃撃に追い立てられるように、その場を離脱した。
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