第4話 誓いの唱

 当初飛び立った六騎の竜騎兵ドラグーンは、その数を三騎に減らしながらも敵戦闘機を撃墜し、地上のカドラム歩兵の背後に迫っていた。


 竜騎兵の存在に気付いたカドラム兵が、各々銃口を空へ向けて発砲する。だが距離のかけ離れた的は、さらに自在に空を泳ぐ高機動力をも有する。思いつきの乱射が当たるはずもない。


 そうして三騎はそれぞれ敵軍と相対するように陣取る。


『司令部より作戦命令。サンダー・ホロビ式準備。サンダーストームを実行せよ』

「了解。これより魔想を展開する」


 指揮所から受信した指示によって、竜騎兵は黄色に着色した魔想弾を射出する。そうして次に魔力を手の中で練り上げた。


 魔力の塊から形を成したのは、雷。


『雷撃、投下』


 地に向けられた手のひらは雷雲のように、そこから疑似の雷を地上に落とす。雷を象った魔力のエネルギーは瞬く間に地面を穿った。そしてそれは一筋のみならず、魔力の限りに幾筋も鳴り乱れる。

 真下に居るのはカドラムの軍勢。頭上を悠然と飛ぶ赤褐色の飛竜を眺めながら、兵士は次々と光に飲みこまれていった。


 雷撃は四度にわたって展開された。


「作戦終了。これより帰投する」


 魔力の尽きた竜騎兵がシャルコルの町へと帰投する。彼らが戦闘機を撃墜し、地上の敵に最大限の効力を発揮したのは、戦争が始まって以来、初の快挙だった。

 広域魔想戦術『サンダーストーム』。元々は地上に蠢く魔物を焼くための戦術が、ようやく目論み通り、カドラム軍に多大な被害と混乱を与えることに成功した。




「あれは何だ?」


 不審な呟きが漏れる。


 竜騎兵による空襲の後、カドラム軍は完全に勢いを失った。息も絶え絶えの彼らが気力の隅々までそぎ落とされたことは、遠目に見ても分かる。

 双眼鏡を覗いたアラタの視界では、敵兵が背中を見せ撤退を始めている。


 今日も無事に生き残ることができた。そう安堵していた時だった。


 視界の中、奇異に映るものが一つ。

 群れなす兵士とは正反対にこちらへ向かってくる車両があった。


「車両が一台、近づいてくる」

「わざわざ自前の棺桶を持ってくるとは用意がいいじゃねえか」

「待て、レオナール。休戦の申し出かもしれない。隊長の指示を待とう」


 魔想を撃とうと気が逸るレオナールをアラタが諫める。


 魔導兵が大勢いるこの場では、並大抵の装甲車一台など鉄の棺桶も同然だ。

 戦意の削がれたカドラム兵が撤退を始めるこのタイミングで、今さら車一つで特攻とは考えにくい。


 別の塹壕からニコラスが体を出し、車両に呼びかける。


「止まれ!」


 停止する車両バン。助手席のドアから、敵軍の指揮官とおぼしき男が身を乗り出した。


「いつ来ても、戦場に横たわる死体の空気はひどいものだな」


 敵の軍勢を前にしながらも鷹揚おうように口を開く男。ニコラスがそれに答える。


「ああ。特に今日は、おたくらには風向きが悪いようだ。出直した方がいい」

「言ってくれる。……ラオス少佐だ。そっちは?」

「ニコラス中尉」


 ラオスと名乗った男は、話をしながらさりげなく辺りを観察していた。その大柄で筋骨隆々な体は、実戦を積んだ猛者といった風格だ。


「ニコラス中尉、君の部隊には質の良い兵士が揃っているようだな」

「自慢の兵士だ。そちらの兵士はかなり疲弊しているように見える。悪いが、見晴らしのいいこの平野では、そちらの兵はいい的だ。シャルコルからは手を引くことをおすすめする」

「それはそっちも同じだろう。今日だけでもかなりの魔力を消費したように見える。魔力ってのはどうやら貴重な資源のようだが、大丈夫か?」

「心配には及ばないさ。町にはまだ大量の魔導兵が待機している」

「大量ってのはどれくらいだ? 一〇人? それとも一〇〇人くらいか? こっちの軍が何人いるのか知ってるのか?」

「一人でも、そちらの兵士一〇〇人を叩き潰すには十分だ。嘘だと思うなら攻めてこい。目にものを見せよう」


 ニコラスの言葉は決して虚言ではない。実際に先ほどの攻防で、砲式魔想を放った魔導兵一人あたりが殺した人数は、一〇〇を超えるだろう。


 挑発されたラオスは、怒りなど微塵も滲ませない冷静な口調で言う。


「……ここへ来たのは提案のためだ。どうだろう。降伏して町を引き渡さないか? 君の部隊だけならば命を助けてやれる。捕虜として丁重に扱うことを約束しよう」

「聞き間違いか? それとも、命乞いでもしているつもりか? 現時点で優勢なのはどちらなのか、知っているだろう?」

「じきにそちらの優勢は崩れる。知っているだろう? これまでと同じだ」


 ラオスが言わんとしているのは、アルトランが積み重ねた敗北のこと。

 個人が有する魔力量には限界があるため、魔導兵は長期戦に弱い。長引けば不利なのはアルトラン側だ。


 だがこれまでと違うことがある。それはアルトラン軍が今まで以上に徹底的な殲滅作戦を敷いたこと。

 大量に配備された魔導兵、竜騎兵。過剰なまでの火力で敵の継戦能力を削ぐことに主軸を置いたのが、今回のシャルコルでの戦いなのだ。


「我々の役割はこの大地を守ること。我が物顔で領域を踏み越え攻め入ってくる侵略者に対し、全力で立ちはだかることだ」


 ニコラスは、真正面からぶつかり合うことを宣言した。


「かっこいいぜ、隊長……」


 アラタの隣でレオナールが呟く。彼を含め、有利状況にあるアルトラン軍の中で降伏を受け入れたがる者はいないだろう。


 正面から徹底抗戦の意地を通されたラオスは、特に意外でもなさそうに言う。


「そちらの意志は了解した。ああ、元よりこっちも和解など望んじゃいない。どんな手を使ってでもアルトランを潰せというのが、上からの指示だからな」


 敵の指揮官は背を向ける。

 その際、彼の手が妙な動き方をしたのが、アラタの角度から見えた。


「少佐。残念だが、このまま大人しくあなたを帰すことはできない」


 そう言ったニコラスの背後には、いつの間にか数名の魔導兵が待機している。


「最後に教えてほしいものだ。どうしてカドラムはアルトランを攻める? 宮廷巫女の殺害とは、一体何のことだ?」


 手を突き出し魔想を構える魔導兵の前で、ラオスは振り返る。その顔に、歪んだ笑みを浮かべて。


「……宮廷巫女の殺害ぃ? あー、確かそういう理由で始めたんだっけな、戦争。理由なんて、無けりゃ適当にでっち上げればいいだけで、俺としては何でも良かったんだけどなぁ!」


 ラオスが吐いた言葉に、アラタは胸の虚ろを貫かれた気分だった。


 ――何でも良かった……?


 まさかキノウの死は、使われたのか?

 こんなくだらない戦争を引き起こす、都合の良い材料として?


 それを考えるのとほぼ同時。


 ギイィィィン――――。

 どこかから奇怪な金属音が鳴り響く。


 その甲高い異音は塹壕にいた兵士にも届いた。


「なんだ、この気持ち悪い音……!」


 誰ともなく呟く。


 とにかく不快だった。耳がかき混ぜられ、頭の中がえぐり出されるかのようだ。


 音に兵士が頭を抱える間、車両の後部が開き、中からカドラム兵が姿を現す。

 奇襲だと気づいた時、ニコラスはいち早く自身の前に魔想障壁ウォールを展開した。敵兵が発砲するより前に、それを防ぐ盾が完成する。そのはずだった。


「どういうことだ……魔想が……!?」


 突き出した手は、特に何を引き起こすわけでもない。


 そうして苦心している間に、ラオスは緩慢な動作で歩み、拳銃を取り出す。

 魔想がなければ、武器を突きつけてくる相手に抵抗する手段はない。手のひらばかりを向けるニコラスは、まるで命乞いをしているようにも見えた。

 しかしそんな嘆願を待つこともなく、発砲音が響く。


「隊長!?」


 視界の遠くで、力なく倒れるニコラスの姿が見えた。


 叫んだレオナールが塹壕から身を乗り出し、手を前に出す。やはり魔想は発現しない。彼は困惑の表情で自身の手を眺めていた。


 金属音は鳴り続ける。


 銃を持った敵兵は、ニコラスの背後にいた魔導兵を撃ち殺していった。

 誰もが武器を持たず、無抵抗だった。


「魔想が、発動しねえ!?」


 焦燥を顔に浮かべるレオナール。


 塹壕の外にいた魔導兵は残らず倒れた。次にカドラム兵が狙うのは塹壕に隠れた者たちだ。

 銃口の一つが、全身を地上へ晒していたレオナールへ向く。


「レオナール、隠れろ!」


 アラタが手を伸ばす。

 手は、届かなかった。


 レオナールの体が塹壕へと崩れ落ちる。額から血の糸を引いて。


「……レオ、ナール」


 処置のしようがなかった。即死だ。


 金属音は、鳴り終わらない。


 レオナールと同じように、魔導兵が訳も分からず殺されていく。

 魔導兵は魔想を発動する妨げになるため、鎧の類を身に付けていない。それは目に見えて分かる魔導兵の特徴であり、今となっては狙いやすい的の証だった。

 衛生兵であるアラタは簡易な鎧を身に付けていた。だから積極的には狙われず、その周りで魔導兵ばかりが死んでいく。


 魔想が使えないと悟るや、意気揚々と前線に立っていた魔導兵は動揺し、情けない声を上げ、塹壕で身を丸めた。それまでとは全くの別人のようだった。


「弓だ……弓を使え!」

「やつらを近づけさせるな!」


 魔想は当てにできないと、兵士は弓矢と槍を取って敵に向かっていく。バンに乗っていた敵兵は、ラオス少佐を含め七人。

 しかし彼らに矢は当たらず、槍を持った近接兵も近づく前に撃たれる。その戦力差は、銃という兵器によって生み出されていた。


 非戦闘員のアラタはこの混乱した状況の中、動くことができなかった。


「あ……あぁ……」


 いや、そんなのは言い訳だ。本当は足が震えていただけ。

 終わりかけているのに、失っていくのに、足は向かおうとしなかった。

 それは自分があまりに弱くて、何をしたところでどうにもならないことを、既に知っていたから。


『貴様には、何も守れぬ』


 大事な存在を失った日、そう言われた。呪いとなり、夢の中でも己を責める言葉。


 どこか近くの塹壕から爆発音が聞こえた。手榴弾を投げ込まれたらしい。

 頭を金属の棒で打つかのような音の連続に意識が呆然とした。ひどい頭痛がして、思わず四つん這いになって頭を地面にこすりつける。


 ぼやけた脳が思い浮かべる。己に絡みついた白蛇を。

 虐げられたまま抵抗もできない。そんな弱さが嫌いだ。大事なものばかりを奪ってゆく運命が、嫌いだ。

 兵士となったのは、そんな運命を否定するため。何もかもを救えずとも、かけがえのない誰かを救える自分に成る。


「あ、ぐ……うゥゥ…………!」


 命は途絶えていない。弱い自分を認めていない。敗北で終わるわけにはいかない。

 決して奪われたままにはしておかない。


 唸り声を上げていた口を開け、咆哮する。


 ひどい雑音に埋もれようと、自分だけに響けばいい。

 弱い自分を変える、戦場へ臨む誓いの唱バトルクライ

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