第3話 頭上の攻防

 カドラム軍の強みは、アルトランの遥か先を行く技術力によって開発された殺傷武器の存在にある。

 彼らとの戦闘によって、アルトラン国内にも徐々にその存在が知れ渡っていった。銃、地雷、戦車、そして戦闘機。


 硝煙の漂う空を駆ける機体、通称『グリーンイーグル』は、シャルコルの町を防衛するアルトラン軍へと迫っていく。


 まず挨拶とばかりに、町の外に築かれた塹壕へ機首を向ける。軌道は敵兵の頭上をかすめるように。三機の緑塗りの機体は轟音をまき散らして進む。

 すれ違いざま、塹壕に隠れるアルトラン兵士に機銃を浴びせていった。

 運悪く体を隠しきれなかった兵士数人が、銃弾の餌食となって血を噴く。傷を負ったのは、自前の魔想防壁を持たない兵士だ。


 仲間の怪我を衛生兵が治そうとする。しかしグリーンイーグルは旋回し、今度は並んだ塹壕の列をなぞるような軌道で迫った。


 だがそんな敵戦闘機の存在には、アルトラン軍も対抗策を持ち合わせていた。

 シャルコルの町から飛翔する影。アルトラン軍の空戦兵役、羽ばたくワイバーンに騎乗した竜騎兵ドラグーンが六騎、グリーンイーグルの軌道上に塞がる。


 ワイバーン――赤褐色の鱗に覆われた飛竜の魔物は、細身の腕と同化した翼を羽ばたかせる。背に人を乗せながら、その飛行は軽やかなもの。


 進路上に障害を確認したグリーンイーグルは回避行動へと移行する。その直前、すれ違いざまに浴びせるように、カドラム軍の機銃が火を噴いた。

 機銃は飛竜に命中したかのように見えた。しかし竜騎兵ドラグーンは堕ちない。飛竜の鱗が傷つくことはなかった。

 飛竜の鱗の厚さは問題ではない。命中したように見えた銃弾は、鱗へ届くより前に竜騎兵が展開していた魔想障壁により防がれていたのだ。


 射撃を終えて去ろうとするグリーンイーグルへ、壁を展開していた竜騎兵の後ろに隠れるようにしていたもう一騎が、巨大な火球の魔想を放つ。

 機体の軌道を読みつつ放たれた火球に一機が命中する。衝撃によって火を噴き、コントロールが失われたグリーンイーグルは、回転しながら墜落した。


 残ったカドラムの二機を、竜騎兵が追い立ててゆく。

 地上の兵を遠くに残し、戦いの場所は空の高嶺に移行した。




 頭上を敵の戦闘機がもの凄いスピードで駆けぬけたすぐ後、アラタ達のいる地点はカドラムの強力な爆撃を受けていた。


「しっかりしろ! 大丈夫だ!」


 爆撃で抉られた土砂が塹壕内に降りかかってくる。


 アラタはそんな周囲の状況を見る余裕もないまま、先ほどの戦闘機の射撃で傷を負った兵士に呼びかける。傷の手当てをし終えたところだが、その兵士は気が動転していた。


「痛いぃ……血がどんどん溢れて、このままじゃ死んじまうよぉ!」

「動くな! 生きたいならじっとしててくれ、頼むから!」


 兵士の腹にあてられた包帯はすぐに血で染まった。新しい包帯を兵士に掴ませ、自分で血を止めさせる。痛み止めは打ってある。


 魔想による攻撃や防御と違い、治療は専門の知識と理に適った手段で行わねばならない。治療に魔想は使えない。

 魔力を練ってイメージを出力する魔想は便利な代物だが、医療行為への応用方法は未だに見つかってはいなかった。それというのも、魔想によって造り出される現象は、時間が経つにつれ脆くなり崩れてしまう性質があるためだ。魔想で医療品を造ってもあまり意味がない。


 とはいえ治療魔想などというものがあったとしても、生まれてこの方魔想を扱えたためしのないアラタには関係のない話だろう。


 頭上にいた戦闘機と竜騎兵は別の場所に飛び去ってもう見えない。

 今はそれらと取って代わるように、爆撃の雨が降り続いていた。顔を出すことすらままならない状況だ。


「クソ野郎が!」

「誰かこの耳障りな音を止めろ! 耳に地竜でも飼ってるみたいだ!」

「あぁ!? なんだって、聞こえねえよ!」

「だからぁ、耳によぉ!」

「うげぇ、げほっげほっ! 口に砂が入った! ちょっと飲んじまったよ……」


 身を守るしかできない状況に兵士が声を荒げる。敵の攻撃を受け、興奮に昂りつつあった。


 運悪く塹壕の中に砲撃を叩き込まれ、動かなくなった兵士もいる。

 同じく砲弾が直撃した魔導兵の障壁は、ただの一発で砕けた。そうなると魔力を大きく消費してしまうが、命は無事なのでまだ戦えた。


 そして敵の大砲が大人しくなりつつあった頃、一つの声が兵士たちの興奮を頂点まで引き上げる。


「敵だ! 敵がそこまで来ているぞ!」


 声を聞いた兵士たちは噛り付くように塹壕の外を確認する。アラタも恐る恐る、それにならった。


 灰色の兵士。カドラムの軍が、硝煙の間から湧き出るように、徐々に平野を埋め尽くしていく光景が見える。

 まるで地獄から這い出す悪魔だ。


「戦闘態勢をとれ! 魔導兵、ファイア・砲式用意!」


 ニコラス中隊長の声が響く。

 魔導兵は塹壕の中で、指示された魔想の戦術形式を練りはじめる。


 両手の上には魔想の核となる魔力の塊が浮かび、徐々に肥大していく。それが直径一メートルほどにまで膨れ上がった時、初めてイメージの形に変える。

 魔導兵の両手で燃えさかる灼熱の球。小さな太陽のようなそれを抱えた魔導兵が塹壕の淵で構えの姿勢をとった。


「…………ぇぇーー!」


 号令と同時に、魔導兵がファイア・砲式を一斉に射出する。


 灼熱の球はそれぞれ放物線を描いて無機質な空を晴らす。漂う煙を切って頂点に達した光球。それらがもし太陽に見えたならば、次の瞬間に空の座から墜落する光景は世界の終りにでも映ったことだろう。

 降りそそぐ灼熱は、地に着くと爆散し、大地もろともにカドラム兵の身を焼き焦がした。


 阿鼻叫喚と熱気を遠くに感じながら、アラタもその地獄を目に収める。

 こみ上げた酸っぱいものを、思わず吐いてしまった。


「おい見たか、アラタ! やつら全員黒コゲだ……どうした、大丈夫か?」

「だいじょうぶ……大丈夫だ」


 心配して振り返るレオナールに何とか返事をする。


 しかしこれで戦闘が終わったわけでもない。仲間の死体を踏み越えて、カドラムの兵士はまだやって来る。


 魔導兵が魔想を使う間、他の兵士はロングボウを持ち出して矢を射かけた。有効射程も命中率も敵の銃に及ぶべくもないが、刺されば痛手となる。


 砲式魔想と矢の雨による広範囲攻撃。ほとんどの敵を近づく前に殲滅する作戦。

 それでも猛攻をくぐり抜けて近づく敵兵もわずかにいた。


「近接兵、出るぞ!」


 槍と盾で武装した近接兵が飛び出していく。彼らは魔導兵に被害が及ばぬよう、近づく敵を確実に処理するのが役目だ。

 近接兵たちは盾に身を隠しながら素早く接近する。


 しかし処理に出た一人が盾から出た太腿を撃ち抜かれ、倒れ込んでしまった。


 これでとどめと、銃口を近接兵の頭に向けるカドラム兵。

 その体が、突如として燃え上がる。レオナールの火球だ。


「よっしゃ! あいつには酒をおごってもらおう! お前もだぜ、アラタ。助けたことを忘れんなよ!」


 レオナールは上機嫌でアラタに笑いかける。

 この短い期間によく人に恩を売りさばくものだと、同じく危ないところを助けられたアラタは肩をすくめる。次に町へ滞在する時は思う存分ご馳走してやろう。


「彼を助ける! 援護してくれ!」


 アラタは近接兵を救助すべく塹壕から出た。


 遠方から発砲の音は止まず、銃弾がいつ眉間を貫くとも知れない。恐ろしさに足が強張るのを抑えながら、身を低くして近接兵の元までたどり着く。近接兵の両脇を引っ掴んで何とか塹壕内へと引き戻した。


「ほら、もう大丈夫だぞ!」

「す、すまん……」


 幸いにも命に関わる傷ではない。銃弾が貫通した部分に包帯を巻きつけて止血する。


 処置を施した兵士を横たえ、アラタは再び戦場に目をやった。


「敵は、どれだけ残っている?」


 腹を負傷して外の状況を知ることができない兵士がアラタに問う。


「……いっぱいだ」


 残酷な事実を突きつけられ、兵士は「クソ」と吐き捨てた。


 度重なるアルトランの魔想攻撃に、カドラム軍は目に見えて勢いを失していた。

 それでも元々のカドラム軍の兵数はアルトラン軍より多い。視界ではまだ大量のカドラム兵が平野を覆い隠している有様だ。


 嫌な予想をしてしまう。

 もしこちらの魔導兵の魔力量を尽きさせるほどの人員を投入されたなら。時間が経てば経つほど、勝利の天秤はあちらに傾く。持久戦ではこちらに分がない。

 現に、過去の敗戦はどれも、カドラムの圧倒的な兵数に押し潰された形で決まっていた。


 ふと、果てしない暗がりが自分の前に広がっているような心地がした。


「しっかりしろ、アラタ」


 誰かに肩を掴まれて、アラタは軽く放心していたことに気づく。


 我に返った時、自分の肩に手を伸ばすウェンデルがいた。


「ウェン……なんだ、どうしたんだ? こんなところで……」


 彼は自分とは別の塹壕で戦っているはずだった。


「隊長殿からのお達しだ。全員聞け」


 ウェンが塹壕に居る者に向けて声を発する。


竜騎兵ドラグーンが敵戦闘機を撃墜した。間もなくここへ到着し、敵陣に大規模魔想を落とす予定だ。黄色の信号弾が見えたら攻撃を止め、巻き込まれないよう身を守れ」


 彼が伝えたのは援軍の情報。

 竜騎兵がグリーンイーグルを撃破し、この場所へ駆けつけるというのだ。


 ほとんど休みなく魔想を行使していたレオナールも、さすがに振り返って声色を上げる。


「本当か!? でもどうやってそんな連携を……?」

「なんでも特殊な魔想による通信手段を使っているそうだ。各竜騎兵と司令部で音声のやり取りがされているらしい」

「そんなことできる人間がいるのか……!?」

「そのようだ。とにかく準備しておいてくれ。オレは別の隊にも伝達してくるよ」


 ウェンは身軽に塹壕を飛び出していった。


「これ以上ないサプライズだ。やつらもびっくりするだろうぜ」


 遠方のカドラム兵を睨み、口元に笑みを浮かべるレオナール。

 安堵するのはまだ早い。けれど力強い援軍の存在が、折れそうになっていた背骨をしっかりと支えるのを感じた。


 北より進軍する灰色の影。舞い戻る竜使いたち。


 そして間もなく、この戦役に混沌が訪れる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る