第7話 踏みにじられた意志
雷光一閃。
轟音が響くと、その周囲の一切が沈黙した。
雷撃によって焼き払われた有機物の残骸。焦土の中心に、ただ一人が立つ。
野性的なくすみを被った金色の長髪をなびかせる男。石膏像のように整った顔を、今は不快に歪めている。
白いシャツの袖から見える筋肉は力の余波に脈打っている。その髪と同じ金色の光が、彼の体表で弾けていた。
彼が足を踏み入れたのは開けた丘。その頂上に横たわるのは、白銀の少女。彼は探していた少女が眠る丘の頂上へ足を向ける。
途中に障害物があった。
「害獣が……」
近寄る男の存在に気づいた獣は、低い唸り声を上げて威嚇し、男へと迫る。だが狂獣の猛進を、男は左腕の一振りで跳ね飛ばした。
坂を転がり落ちるように崩れる狼。灰色の毛並みはボロ雑巾のように焦げている。しかし狼はよろめきながらもなお、男と少女の間に塞がった。
――鼻面を折り、肉体に雷を残してやった。それでも立ち塞がるか。ただの狂獣にしては……。
男は狂獣らしからぬその行動に奇妙なものを感じ、初めて狼に向けた言葉を紡ぐ。
「貴様は何だ」
狼は答えない。狼は言葉を持たない。
「……言葉が無ければ行為を以って証を立てるがいい。それすらできぬ凡夫なら、踏みにじられて死ね」
男は足を進める。その前進に反応するように、狼は再び飛びかかった。
その瞬間、狼の体が風を受けた紙きれのようになびいた。狼は首を掴まれたまま宙を滑走し、そのまま地面へと叩きつけられた。
狼をねじ伏せる男の背に生えた雷の翼。形状を留めず荒れ狂う長大なそれが男の背から天を刺す様子は、大いなる者に叛逆する悪魔のようだ。
「――もう一度問う。貴様は、あの娘にとって何者だ」
頑なに少女の前に立ち塞がる灰色の狼が、彼女と何らかの縁がある存在であったことは一目瞭然だ。
しかし以前はどうであれ、今、狼は彼女の盾であることを選んだ。
そして外敵と見なした者に手も足も出ず、こうして生死を握られている始末。
狼は喉を押さえつけられながら荒く唸る。それは空虚な残響を生むばかり。言葉を失った狂獣は、行動によって存在理由を示す権利も奪われていた。
自分は何をしたいのだろうか。もしも思考があれば、そんなことを考えたかもしれない。
「…………分かった」
男は狼を押さえる腕に金色の雷を込める。醜い獣を内側から焼き殺すために。
少女のために戦った狼に、それ以上の進展がないことを見て取る。
「貴様には、何も守れぬ」
これこそが、燃え尽きた灰の狼の始終。その燃える様はあまりに小さく収まったと、男は落胆と共に呟いた。
腕を這う電流が狼の肉を食むように、その内側から焦がしていく。狼に抵抗する力は残されていない。
そんな時、一陣の風が吹いた。
風に紛れる流麗な一太刀。音のない殺意が、荒々しい雷を纏う男の懐へと入り込む。
男が気づいた時には、斬撃は人間の動きでは回避不可能な眼前にまで迫っていた。だが男は即座に頭へ電流を通し、最速で状況の処理を開始する。流した電気信号が強制的に腰と首を曲げて斬撃を掻い潜る。さらに翼の雷を噴出し、一息に大きく距離を離した。
少女の傍に着地した男。頬を垂れる血を物ともしない無感情な表情で、新たに出現した来客を眺める。
「貴様の顔は先ほども見た。また私の前に立ち塞がろうというのか」
現れたアルトランの兵士は言葉もなく銀色の剣を構える。
お互いの存在を知っていると思しき両者。睨み合いが続く中、雷の男が口を開く。
「――――やるべきことは終わった」
男は迸る力を収め、傍に倒れ伏す少女を担ぎ上げる。
「キノウ・ホワイトは死んだ。取り決め通り、我々はこの醜悪な大地に踏み込むとしよう。――――私の名はフェイク。魔境の領域アルトランを嫌悪し、敵対する者。軍事国家カドラムの最高指導者が、貴様らに宣戦布告する」
そう言って男は少女を抱えたまま、雷の翼を広げ、飛び去った。
残された兵士は倒れた狼へと駆け寄る。
狼の灰毛は焼け焦げ、肉も赤く爛れている。強靭な肉体を持つ狂獣といえど、その損傷の具合は、悲惨、とでも言うべきものだった。
それでもまだ狼は、少女が連れ去られた空へと這って行こうとした。痺れが体を蝕み、一歩すら踏み出せないというのに。
意識の定かでない狼に、兵士は呼びかける。
「集中して意識を閉じろ! 思い出せ。お前は誰だ?」
そびえ立つ大樹のように揺るぎのない声で、呼びかけ続けた。
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