第3話
姫君が牢獄にいるのは、何か非常に悪いことが外で起きたからに他ならず、その証のように彼女の扱いはひどいものだった。
毎日ろくな食べ物を与えられていない。
何故そんなことがわかるかと言えば、ルシエル姫は、毎回必ず骸骨の前にお盆を持ってくるからだ。
固く干からびたパン。具のない、薄く冷めきったスープ。欠けたコップの底に、ほんのすこしの水。
「私の分で申し訳ないんですけど、あなたも何か召し上がりませんか?」
(いいから、食べなよ……! 若い子が一日にそれだけしか口にできないなんてあんまりだ!! 俺に肉が残っていたら食わせてやりたいところだよ、嫌だろうけど!! 俺の肉なんか……俺の肉でも無いよりマシだと思うけどね!?)
骸骨は心の中でむせび泣いていた。
日に日に、姫の服は汚れていく。この牢獄がどこもかしこも汚れているから。
髪は艶を失い、頬もこけていき、指先は骨そのものの細さになってしまった。
それでも、姫は骸骨の前にお盆を持ってきて、淡く微笑みながら言うのだ。「一緒に食事をしませんか?」と。
耐えられない。
見ていることしかできないのが、本当に辛い。
姫が死んでしまう。こんなに優しく清らかな心の持ち主の姫が、あたら若い命を散らしてこんな場所で骨になってしまう。
(そんなこと、許されるのか? 俺はどうなってもいい、もう死んでるし! だけど、姫は、姫はまだ)
申し訳程度の窓から細く差し込む光に、時折冷たい夜を照らす月光に。
骸骨は願い続ける。強く強く。
それはもしかしたら、遠い昔骸骨がこの場に閉じ込められたときに願ったことよりも、ずっと強い思いだったかもしれない。
しかし願いは叶わないまま、ルシエルは痩せ細り、もはやお盆を持つこともできないほどに弱り果てた。
「私と一緒に……食事を……」
かすれた声で言いながら、つまずいて固い石床に転び、お盆をひっくり返す。
投げ出されたスープ皿が骸骨の顔にぶつかり、こぼれたスープが鼻筋を伝って口元に流れ込んだ。
「ああ、こんな味のしないもの。栄養なんて何もない」
骸骨は、喉を滑り落ちたスープを、
そして、率直な感想を
「誰……?」
倒れていたルシエルが顔を上げ、ぼんやりとした目で骸骨を見てくる。目が合った、確かに。
「お、俺は……」
狼狽しながら骸骨はそう口走り、その瞬間電撃を浴びたように悟った。
声が出ている。
「お話が、できるのですね」
「できる……みたいだ」
ふわっと温かい力が体中を駆け巡り、これまでできなかったことができそうな、確かな予感があった。
「や、やっぱり、あなた、おなか空いて……。もっと早く、食べさせていれば……」
起き上がる筋力もないように、ルシエルは冷たい床に倒れ伏したまま呟く。
どうにか助け起こしてあげたいと、もどかしい思いのままに骸骨は前のめりに体を動かした。
ガシャン。
無情に響くは
「俺は食べなくても生きていける……ん? いや、生きてないしたぶんもう死んでいるから、気にしないで君が食べてくれればそれで良かったんだ。だけど足りないね、足りなかったと思う……。俺は、いまのままでは君が死んでしまうんじゃないかと心配で……」
「そ、そうですね……。私も、ちょっとだけそんな気がしています……。骸骨仲間になったら、あなたと今より仲良しになれるかと……思っていたんですけど……。なる前にこうしてお話ができて。安心して、骸骨になれます……」
「お姫様! 諦めないで! せっっかく会話できるようになったんだから、もっと楽しい話をしよう! 好きな食べ物とか、いま食べたい物とか、これまで食べて一番美味しかった物の話を!」
「ふふ……聞いているだけでお腹が空いてきました……。お腹空いている……空いていますよね私」
「ああああああ、もう俺は、君に何か食べて欲しいってことしか考えられない!
闇雲にまくしたてていると、ルシエルが両肘を床についてなんとか顔を上げながら「もし、骸骨さん……」と呟いた。
「お菓子が」
「ん?」
いつの間にか、いま並べ立てたお菓子がずらりと、ルシエルの目の前に浮いていた。
「食べ……られそう? いや食べて良いのかな。俺も君も見えてるってことは幻覚じゃない、よね? あの、俺動けないんだけど、もしよければひとつ口につっこんでみてもらって良い? 毒見……」
話している間に、ルシエルは緩慢な動作で床に手を付き、膝をついて立ち上がった。浮かんでいたクリームいっぱいのタルトを手にして、よろよろと骸骨の前まで歩いてくると、手で二つに割った。
ひとつは骸骨の口へ、ひとつは自分の口へ。
「やっと、一緒に食事が……」
かすれた声で囁き、控えめに口をつける。
もぐもぐとタルトを咀嚼する骸骨の前で、ルシエルはゆっくりと顔を上げた。鼻先にクリームをつけたまま、にこりと笑って言った。
「美味しいね」
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