第4話 残り3本

 各国の精鋭で組織された部隊は優秀だった。

 俺は、精鋭部隊の半数の犠牲を目の前にしながら、丁重に護衛されて、巨大な宇宙船の中央制御室に腰かけていた。


 俺は戦う力はない。壁に背を預け、制御室で生体コンピューターにアクセスしようとしている男の作業を眺めていた。

 他の生き残りの人間たちは、母船を守る宇宙人の戦士と銃撃戦を繰り広げていた。

 俺にはできることはない。そう思って宇宙船の隅に隠れていたのだ。


「あなた、なに?」


 突然だった。一人で膝を抱えて小さくなっていた俺に、話しかけてきた少女がいた。


「ダイゴだよ。君は?」

「私の名前? 特にないわよ。みんなは、マザーって呼んでいる」

「『マザー』? 俺の知っているのと同じ意味かな? 君は、地球人かい?」


「違うわ。地球人じゃない。こんなところに、地球人がいたら可笑しいでしょう?」

「俺がいる」

「そう。だから、おかしな地球人がいるから、会ってみたくなったの。もう一度聞くわね。あなた、なに?」


 俺は防護服を着ている。だか、武器の扱いがわからないと言うより、持たせると逆に危ないため、武装はしていない。

 俺以外の潜入者は、全員武装し、宇宙人を見つけ次第発砲している。


 宇宙人は一目両全だ。緑色の頭部に、目が異様に大きく、光っている。

 俺に話しかけた女は、明らかに地球人の特徴をしている。だが、地球人ではないらしい。


「地球人だよ。『マザー』って言うのは、地球の言葉に翻訳した発音かい?」

「ええ。そうね。普段は×△って呼ばれるわ」


 女は、俺には発音できない音を発した。

 つまり、宇宙船に乗っている宇宙人たちにとって、母親のような存在ということだ。


「つまり君は、立体映像とか、そういう類のものかい?」

「わかり安く言うとそうなるわね。あなたが地球人なら、どうしてこんなところにいるの? 何の役目をもっているの?」

「どうして、それが気になるんだ?」


「だって、この船に侵入する宇宙人は、全部目的を持っているもの。どうして、何もしないで座っているのかがわからないの。あなたが待っている何かが、こちらに来ているわけでもないし」


 外宇宙の宇宙船から見れば、地球人が宇宙人なのだ。女の言い方をおかしく感じながら、俺は言った。


「誰にだって、解らないことはあるだろ」

「無いわ。私には、そんなものはない。確率の問題で、未来だって予測できる。でも、あなたの目的だけがわからない」


「そうか……マザーの本体はどこにあるんだい? それを教えてくれたら、俺も教えるよ」

「私はどこにもいるし、どこにもいないわ。この宇宙船そのものが、私だもの」

「……そうか。ありがとう」

「約束よ。あなたの目的を教えて」

「ああ……約束だ」


 俺は、左手の義手のボタンを押した。義手が俺の意思とは無関係に作動し、俺の右手薬指を掴む。

 もう止められない。


「君を、殺しに」


 俺の薬指がもげ、女の姿が掻き消えた。


 ※

 

 宇宙人たちからマザーと呼ばれ、自ら宇宙船そのものだと名乗る女は、確かに生きていたのだろう。

 そうでなければ、さすがに俺の力が通じるはずがない。

 俺の力が通じるのは、人間だけではないことが証明されてしまった。


 いずれにしても、俺の指は右手の3本しか残っていない。

 指がもげて平気なはずはなく、俺は右手の薬指がもげた瞬間、腕を抱えてうずくまった。

 周囲が暗くなり、女が消えた。

 俺は動けなかった。

 宇宙船は動いていた。


「よくやった。立て。逃げるぞ。このままだと、宇宙船が地球に落下する。その前に、原子爆弾で破壊することになっている。脱出しないと、巻き込まれるぞ」


 誰かが、俺の肩を掴みながら叫んでいた。日本語だったので、日本人だろう。

 俺は、血を滴らせた自分の手を抱えながら立ち上がった。

 真っ暗だったが、すぐに地球人がライトで照らした。

 横になっているのは、地球人と銃撃戦を繰り広げていたはずの宇宙人たちだ。


「死んでいるのか?」

「マザーが死んで、一時的に混乱しているんだろう。もっとも、マザーを失った以上、こいつらは何もできない。マザーに頼り切りだったようだからな」


 俺に肩を貸しながら、自らも負傷した兵士が説明してくれた。

 宇宙船の中を移動し、俺は地球産の宇宙船に乗り込んだ。


 大気圏に落下を始めた宇宙船を眺めながら俺は、生き残った地球最高の特攻部隊に囲まれ、地球に帰還した。

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