第3話 右手の指
世界を混乱させていた大きな戦争が一つ終わった。
隣国を侵略していた大国の代表が一名死に、俺は両手に義手をするようになっていた。
右手の義手はなくても生活できる。まだ、小指を失っただけだ。
だが、小指のない手を人目に晒していると、やはり目立つのだ。
俺は結局、政府の公的機関につかまり、指を犠牲に任意の人間を殺す能力を白状させられた。
政府に従ったわけではない。
俺が恨みもない大国の代表を殺したのは、侵略される側の国民であるという美女に篭絡され、泣きながら頼まれたからだ。
ハニートラップと言えば、その通りだろう。
俺は惚れた美女の涙に応えるため、政府の要望に応じた。
テレビ画面越しに人を殺せるというほど万能の力ではない。
殺したい相手に、できるだけ近づかなくてはならない。
政府の力で大国に侵入し、いくつかの国の諜報員に助けられ、大国の代表が宿泊するホテルのボーイとして雇われた。
代表が呼びつけた自国の国民である高級娼婦に導かれ、俺は代表の部屋に入り、ムトウが残した義手の機能で、右小指を引きちぎった。
俺の右手の小指は千切れたが、代表が謎の死を遂げたという大事件の中、なんとか右手に止血し、俺は病院に運ばれた。
何度か、その国の諜報機関と思われる人間たちの訪問を受けたが、権力を持った代表が実際に死んだこともあったためか、追及は厳しくなかった。
何より、俺はその国の言葉が解らず、俺自身はどう調べられても、代表には全く触れていないし、凶器も持っていない。
左手の義手は怪しいだろうが、俺は実際に左手の指は全て失い、義手には誤作動する装置は取り付けてあっても、他人を害する装置はない。
俺は、右手の処置をしてもらい、帰国した。
俺を死地に送り出した美女は、夫と二人の子どもを連れて挨拶にきた。
ハニートラップだったのだと、俺が理解したのはこの時だ。
夫だと紹介された大男は、邪気のない笑顔を見せて俺の手を握り、義手の感覚に驚いた。
美女は最後に俺に口止めし、自国の政府から生活の保障を約束されたことを自慢げに語った。
俺の能力は、政府に知られることになった。それどころではない。もう、世界中の組織に把握されていると思ってもいいだろう。
俺は新しい戸籍と住所、障害者年金の受給資格を与えられた。
政府は、俺の情報の秘匿に全力を尽くすだろう。
俺はそう確信していた。
しばらくは安寧な生活を満喫できる。
そう思っていた俺は、地球の大気圏内に巨大な宇宙船が出現したというニュースに、とても憂鬱な気分になった。
※
俺の力で、4人の人間を殺すことができる。
だが、宇宙から襲来したのが侵略者だとすれば、俺に何ができるというのか。
俺の出る幕ではない。
そう自分に言い聞かせながら、俺は近所のコンビニに行くために外に出た。
俺は、コンビニに行くために歩いた。
背後に、黒いスーツの男がいるが、目に入らなかった。見えない位置に、自分の頭を誘導したのだ。
「ニュースを見たか?」
背後から話しかけられた。
「どのニュースだい?」
「巨大な宇宙船が、地球に服従を求めてきた」
「そんなことを言っていたか?」
「ああ。言っていたはずだ」
「その割には、世間は静かなものだな」
「普通は知らないからな」
「どういう意味だ? 公共の電波で流したんだろう?」
俺は、徐々に足の動きを早めていた。
「あの放送を見ていたのは、君だけだ。他のテレビには流れていない」
「どうして、そんな周りくどい真似をする?」
「私たちが何を言っても、君は信じないだろう。だが、ニュースで聞いたことは別だ。人間は無条件で信じる」
「それほど単純だとも思わないが……宇宙船だろ? 俺に何ができる?」
「協力してくれるということか?」
「断る」
「条件は整える」
「断る」
「地球人が全て奴隷になってもいいのか?」
「俺に、何ができるんだ」
「説明しよう。まずは、そこのコンビニに入れ」
黒服の男は、奇妙な指示を出した。
男が指さしたコンビニは、元々俺が入ろうとしていたコンビニだ。
俺が入ると、店の棚一杯に並んでいた食料品を照らしていた照明が一斉に消えた。
コンビニ店のシャッターが下りる。俺は中に入ったままだ。
明かりが一つだけ灯った。
俺の背後で話し続けていた黒服の男が、ライトに照らされた。
「宇宙船が地球の支配を告知してきたのは、実際には2年と8か月前になる」
「……突然だな」
コンビニの商品棚の中に、どうしたことか椅子が置かれていた。俺はとりあえず腰かける。
商品棚の上に、映像が映し出された。
俺も見たことがある映像だ。
「欧州の戦争だろ?」
「侵略を始めた大国は、実は宇宙船だ。この地球で起こる戦争は、全て宇宙人と地球軍の戦いだと思ってくれていい」
「……それは無理があるだろう」
「真実だ。君が殺した大国の代表だって、大国を支配していた宇宙人だったんだ。今回のこの巨大な宇宙船が地球に現れてから、2年と8か月……ようやく、終戦のめどが立った」
「では、俺は用無しだろう」
「侵略者は、作戦も戦略も、コンピューターが決めている」
「人間ではないということか?」
「そうだ。コンピューターは人間ではない。それは、地球の常識だ」
「宇宙船は違うのか?」
「生体コンピューターと我々は呼んでいる。人工的に作ったものだろうが、この宇宙船のコンピューターの核となる部分は、確実に生物の組織が仕込まれ、稼働している。我々が捕虜から聞いた限りでは、人格があり、エネルギーを必要とする。その意味では、人間と変わらない」
「……それで?」
「コンピューターは厳重に守られている。奴らの生命線だ」
「そうだろうな」
「だが、近づくことは不可能じゃない。連中は、コンピューターの守りに絶対の自信があるようだ。だから、接近することだけならそれほど困難じゃない。我々がガードすればな」
「……無理だろう。俺は素人だ」
「連中は、誰も警戒していない。どんなに厳重にガードしても、自分の指を一本犠牲にすることで、近くに居る対象を任意で殺す能力があることなんか、誰も警戒していない」
「……本物の人間以外を殺したことはない」
「生体コンピューターも殺せる。わが国の博士たちが太鼓判を押した」
「その博士、信じられるのか?」
「私は信じているよ」
「理由にならない」
「出発は3日後だ。パスポートの有効期限は切れていないな?」
「そこは、政府の力でなんとかならないのか?」
男は聞いていなかった。俺に向かって、札束を差し出した。
俺は少し迷ったが、断ることによる生じるリスクを恐れ、差し出された札束を受け取った。
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