第70話 ずっと欲しているもの

 ジュビエールからの伝令が伝わったのであろう、何人かの騎士が城に向かって駆けてくるのが見える。

 まだ門にいたというのか。投降している兵を相手に何をやっていたのか。

 騎士の動きの悪さに頭が痛い。


「城の門を開けるぞ!」


 ジュビエールのかけ声に、駆けつけた騎士を中心に、ここでも無理矢理こじ開けようとする。

 ジュビエールに借りたマントのせいか、今度はいぶかしげな視線を送られることもない。

 門一つ開けたところで、大した負担にもならぬのだが、ジュビエールからのせっかくの好意だ。ありがたく受け取っておくことにする。

 

 城門は先ほどに比べて簡単に開いた。戦力は都の門に集中してあったのか。あるいは王族達を守るために城内に散らばっているのか。

 流れ出てくる兵士もいない。

 私たちは静かな城の庭に足を踏み入れた。


 門をくぐった先から、改めて城全体を見渡す。高さは低いが、それ以外はさほど変わったところもない。カミュートの城の方が風変わりであったと思う。

 私がそう思うということは、コーゼの城はシャーノの城と似ているのだろうな。中の造りまで似ていてくれれば、手間が省けるのだが。


「王はどこだろうな」


「それを探すのが其方の役割であろう? 兵士もおらぬ。私は私のやるべきことをやりに行く」


「一人で行く気か?」


「元よりそのつもりだ」


 このような形で城に乗り込むことになろうとは、思ってもみなかった。

 一人で城に入り、誰にもバレぬように姫を奪い去る。その計画だったはずだ。


「私は王を見つけることを優先させねばならぬ。其方には付き合えん」


「良いのか? お目付役なのであろう?」


「邪魔をすれば?」


「本気で剣を交えるか?」


「それはできぬ。私より、其方の方が強いからな。何度も手合わせをして、思い知っておる。一度も勝てなかったではないか」


「ククッ。勝つ気であったのか?」


「それはそうであろう?! 傭兵などに負けてはおれぬ!」


「それは悪いことをした」


「其方、本当は何だ? そこらの傭兵とは何もかもが違う」


「カミュートを旅する旅人、だろうな」


 城を出た。国を捨てた。そうして騎士ではなくなった私の今の立場は、ルーイと同じ旅人だ。

 あの鮮やかな茶色の頭を思い出し、思わず口元が弛む。


「そんなはずが!」


「では、何だというのだ? カミュートの騎士団に所属した覚えはないぞ」


「そのようなことは、わかっておる」


 私がシャーノの出身であるなど、思いもよらぬか。


「もし、王に遭遇したら、捕らえて其方に引き渡す。それで良いな?」


「其方の手柄とすれば良かろう?」


「王に興味はないと、そう言った」


「手柄にもか?!」


「あぁ。悪いがないな。どうせ私の欲しいものは手に入らぬ」


「欲しいもの?」


「ククッ。私がずっと欲しているものだ。それを持っているのは、この世界でお一人だけだ」


「それは何だ?!」


「悪いがもう先へ行く。王は必ず引き渡す。それ以外は、目を瞑っていてくれ」


 私はそう言って、ジュビエール達から離れた。目立ちはしたが、こうも簡単に城に入れるとは。

 クルトに乗ったまま、城の裏手へと回りこんで行く。

 城の裏側には美しい庭が広がっていた。咲き乱れた何十種類もの花の中から、ついいつもの様にピンク色の花を探す。

 今は季節ではないか。そもそもコーゼに咲く花かどうかもわからぬ。

 花を踏みつけぬように、花畑の外側から花達を見る。そして、花畑を横目に、城の真裏にたどり着いた頃、腰を抜かして座り込んでいる庭師を見つけた。


「其方、少し話を聞きたい。何、其方を殺めるつもりはない。教えて欲しいことがあるのだ」


 カミュート騎士団のマントを羽織り、馬に跨った私のことを、怯えた様子で見ている庭師に話しかける。

 庭師の体が、固まったように見えた。

  

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