第69話 斬りたくないものを斬った

 私たちが門の中に入るとすぐに、ジュビエールの死角からコーゼの兵士が近づいてくるのが見えた。私は思わず、その兵士を斬りつけてしまった。

 それまで、命だけは奪うものかと気をつけていたのに、急所を目掛けて一撃をくらわせてしまう。

 コーゼの王に求心力はない。ならばここで戦っている彼らもまた、無理強いをされているのではないかと、私の力の及ぶ限りは命を助けたいと、そう思っていたのに。

 やりたくもないことを、やらされているのかもしれないのにな。命令に従うことしか知らなかった、昔の自分のように。


 

 カミュートの兵はジュビエールの話通りに強かった。

 流れ出してきたコーゼの兵たちは、早くも投降を始める。

 その姿を見ていると、私が斬ってしまった彼に対する罪悪感が強まっていく。


「アイシュタルト! 其方やはり強いな!」


 私に命を救われたジュビエールが褒めてくれるが、そのような言葉は、何の意味もない。

 私は斬りたくもない命を斬った。


「王を捕らえればこの戦は終わるのだろう?! これ以上、余分に命を散らせる必要はないのであろうな?!」


 私の気持ちも知らずに呑気に声をかけてきたジュビエールに、胸の奥に湧き上がった苛立ちをぶつけた。


「あぁ。王さえいなくなれば、戦は終わるだろうな」


「ならば、このような場所でくすぶっている場合ではない! 先へ進むぞ」


 私はクルトと共に、コーゼの都の中心、城へ向かって駆け出した。


「おい! アイシュタルト! 待てって」


 私の後をジュビエールと騎士達が追いかけてくる。

 私は振り返ることも、立ち止まることもせずに進んでいった。

 道中何人かのコーゼ兵と相対するが、急所を外して一撃をくらわせ、戦意が無くなったことを確認しながら、城を目掛けて突き進んだ。



 ステフの言った通り、中を全く見ることのできない城壁の外側にたどり着いたところで、私はようやく足を止めた。


「アイシュタルト、どうしたんだよ。何を焦ってる?」


「王さえ捕らえれば良いと、其方が言ったではないか」


「だから城へ来たって? 無茶な……」


 ジュビエールが頭を抱えた。


「何が無茶だと? 門を開け、次に城へ向かい、王を捕らえる。それが私たちに課せられた使命であろう?」


「確かにそう言った。しかし、まだ歩兵達がたどりついていないではないか」


「そのような者待っていられるか! 時間が経てば経つほど、余分な命が散っていく。それは私の本意ではない」


「はぁ。仕方ないな。それでは今ついてきているこの人数で城へ入ろう」


「ジュビエール、城を開け、一通り兵士を倒したら、私は私のやるべきことをやりに行く。王の行方は頼んだ」


「な! 何と勝手な言い分だ! そのようなことは認められん!」


「そうか。ならば其方はここで援軍を待てばよい。私は一人でも行くぞ」


 ここまできて、これ以上時間をかけられるか。

 姫をこの手に抱くことも、王を捕らえることも、待っていられぬ。

 やりたくもないことをやらされる兵を、これ以上増やすものか。


「あぁ! ったく! わかったよ! 其方の意見にのろう! ただ、伝令を送る。その時間だけは待て」


 ジュビエールが私の意見を半ば呆れながら受け入れ、手の空いてる者を城の周辺に集めるように伝令を走らせた。

 私などのお目付役となったばかりに、不運なことだ。私などに構うなと、あれほど申したのに。自ら進んで私の側に寄ってきたのだ。そのようなことも覚悟の上であろう。

 ジュビエールの焦りを横目に、改めてコーゼの城を見る。

 壁が高いのか、城が低いのか、中を見ることは叶わぬ。門を開け、その上で城の中を推測するしかないか。


 姫は一体、どこにおられる?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る