第68話 コーゼの国内にて

 コーゼの国内を馬に乗って駆けて行くが、周りは本当に静かであった。街に立ち寄っているわけではない。戦の最中の国内を平然と歩く国民がいないのは当然かもしれない。

 ただ、兵士にも遭わないというのは不気味なものである。


「ジュビエール、ここは本当にコーゼの国内か? 兵士の一人すら、出てきやしないではないか」


「フッ。つまらぬか?」


「いや、つまらぬというより、気味が悪い」


「戦いもなく進んでいけると、申したであろう?」


「確かに聞いた。それにしても、ここまでとは思っていなかった」


 何の障害もなく、都まで行けるというのは、聞いてはいてももう少し手ごたえのあるものだと思っていたのだ。


「その不気味さももう終わる」


「どういうことだ?」


「そこだ。その壁の向こうが、コーゼの都だ」


 ジュビエールが指を差した先には、左右に壁が広がっていた。

 この壁の向こうに……姫にお会いできるまで、あと少し。その思いで、私は思わず生唾を飲み込んだ。


「門を開けるのは?」


「明日には国境門にいた騎馬隊が合流する。その後だ」


「それで大丈夫なのか?」


「国境門を落とした騎馬隊は騎士団の中でも選りすぐりだ。強いぞ」


「其方よりもか?」


「私より……強いのもいる。とでもしておこうか」


「其方は何故第二陣なんだ?」


「フッ。色々な事情があるからな」


 ジュビエールの含みを持たせた言い方に、大して良い事情ではないことが伺い知れる。

 剣術は十分に強いはずなのだが。



 ジュビエールの話通り、翌日には騎馬隊が合流した。

 私たちよりも後にカミュートを出発した歩兵と入れ替わり、国境門にいた兵士もそのうちここまでたどり着くらしい。その前に、今の人数で門を開けさせるというのか。

 騎馬隊の中でも立場の下の者達が、力任せに門をを押し開けようとし始めた。

 そうすれば、傭兵の立場にもかかわらず、騎乗したままの私の存在が目につく者もいるようで。先程から視線が突き刺さる。文句があるのであれば、直接言えばよいものを。隊長のジュビエールの手前、それもできぬか。


「ジュビエール、私も降りて開けて来よう」


「其方がやるべきことではないだろう!」


「何を言っている。私の役目ではないか。騎士団の者達がおかしな視線を送ってくる。私は私のやるべきことをやる」


 クラムから降りようとする私を手で制し、ジュビエールが私に一枚のマントを渡した。


「其方には無駄な力を使って欲しくはない。これを羽織っておけ」


 ジュビエールが私に渡したのは、カミュート騎士団のマントであった。

 階級によって刺繍が異なるマントは、一目でその地位がわかるようにされている。


「これは?」


「私の予備のマントだ。貸してやるから、無駄な仕事はするな」


「予備のマントか……」


 それは何とも使い途のありそうなものを。良いものを借りたものだと、思わず口の端が上がるのを必死で抑え込んだ。


「アイシュタルト、門が開いたらコーゼの兵が出てくるだろう。油断するなよ」


「ククッ。誰に言っておる。其方こそ、隊長は狙われるものだ」


 そのようなやり取りをしている最中であった。

 バァン! という大きな音をたてて、ついに門が破られた。門の中から一斉にコーゼの兵が流れ出てくる。

 装備が整わなかったと聞いてはいたが、さすがに都の中の兵達はしっかり整えているな。


 そしてあらゆる所から弓や剣が襲いかかってくる。

 どこまで加減ができるだろうか。誰かを守るためでもないのに、人を傷つけるというのは、気が進まない。それでも、戦わねば。この門の中に入らねば。私の目的はその先である。

 斬りかかってくる兵を斬り捨て、弓を払い除け、騎馬隊は徐々に門の中に侵攻していった。

 

「ジュビエール! 危ない!」

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