第63話 奪い去ってこいよ
店主からクラムを受け取り、店を出たステフはそのまま少し歩くと、そのうちに足を止めた。
「どうした?」
「アイシュタルト、これは貴方が握るべきです。クラムの主人は貴方ですから」
そう言うと、手綱を私に預ける。
「クラムを買ったのは其方だ。私が戦に向かうまでは其方が連れていれば良いだろう?」
「いえ。こういうのは早い方がクラムも早く慣れます。実際に乗るまで、時間もありません」
「明日には、城に行くんだろ?」
「あぁ。できる限り早い方が良いと思っているからな」
ルーイが会話に割り込んでくる。
「俺さ、アイシュタルトが笑うまで付き合うって言ったのに、一緒に行けなくて。ごめんな」
「そのようなこと、当たり前ではないか」
「だからさ、こいつをさ、一緒に連れてってよ。俺達の……代わり……にさ」
ルーイの言葉が途中で詰まって途切れる。
「私たちが一緒に行けない所へも、クラムは一緒に行けますから」
明日には戦に出るため城に向かう。そうすれば、このようにゆっくり話すこともできなくなるということか。
「あぁ。必ず姫の元へクラムと共に行ってくる。其方達からの贈られたもの、大切にする」
「クラムがいれば、戦が終わった後も探しやすいですね」
ステフの笑顔がほんの少しだけ歪む。
全員がもしかしたら二度と会えなくなるかもしれない可能性を考えないようにしていた。
「カミュートに戻ってこいよ。そしたら、どこにいても探しに行くから」
「コーゼでもシャーノでも、僕は構いませんよ」
「ククッ。カミュートに帰ってこられる様に努力する。またこうして、三人で会おう」
私はそう言うと、クラムの手綱を引き、宿に向かって歩き始める。そんな私に、ルーイが後ろから声をかけてきた。
「なぁ、アイシュタルト。俺さ、姫さまに会ってみたい」
「な! 何ということを!」
「奪い去ってこいよ。カミュートまで」
しんみりした空気を吹き飛ばすかの様に、ルーイはいつも以上に明るい声を作って言った。
「あれは! 言い過ぎたと思っておる。」
「え? 本気だろ? 俺楽しみにしてるんだけど」
「姫が、お幸せならば私はそれで……」
「幸せなわけないだろ? コーゼはこれから滅ぼされるんだ。その前にさ、連れてこいって」
滅ぼされる……そうか。カミュートはコーゼを……そして、私はそれに参加する。
「そんなこと、できるわけが……ないだろう」
「バレない様に、こっそり、連れてきちゃえよ」
「他国の、それも王妃だ」
「わかってるよ。でもさ、姫さまってコーゼで目立ってないよなぁ。側室の話ばっかりで。バレないんじゃねぇの?」
側室の黒髪の姫は儀式で王族と一緒に手を振っていた。正室のはずの姫はお披露目すらなかった。
ロイドから聞いたその話が頭の隅に思い出される。
誰も見ていない姫。話題にも上がらないようにされているのではないだろうか。それならば、滅ぼされる前に、城から連れ出してしまえば……
あぁ! 私は、なんということを!
思い浮かべてしまったあってはならない考えを、打ち消す様に首を振る。
「何をばかなことを。その様なこと、できぬ!」
ルーイに言い聞かせたかったのか、はたまた自分に言い聞かせるためか、私は語気を強めて吐き捨てた。
「ふ、ふぅん。ま、考えておけよ」
少し怯えたような声色で、それでもルーイはいつものように私にそう声をかけた。
私とルーイの間に気まずい沈黙が流れる。
どう取り繕っていいのかわからなくなったステフが、私とルーイの顔を見比べながら狼狽えていた。
もしかしたら、最後の夜だというのに、何故このような言い合いをしなければならぬのだろうか。
わざと私を煽る様な言い方をしたルーイの、心の中はやっぱり私にはわからない。
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