第62話 クラムを迎えに

 開戦直後、国境付近一帯でコーゼとカミュート、二つの軍は激突した。

 門は常時開けられ、激しい攻防が繰り広げられたという。

 ただ、明らかにカミュート軍が優勢であった。


「国境での戦いはカミュート軍の勝利で終わりそうだな」


「おう! コーゼ軍が思ったよりも弱かったってみんな言ってる」


「予想通り、装備が整わなかったみたいですね。商人達から武具を安く仕入れようとしたのも失敗しましたから」


 コーゼの国民達が貧困に喘いでいるというのは、間違いではなかった。国力が落ち、兵自体も弱まっていたのかもしれぬ。

 開戦後、都では誰の口からも戦の話が聞こえて来る。嘘か真か判断つかないものもあるが、概ね真実のようだ。

 つまり、情報には事欠かない。都に来てよかったと、改めてルーイの読みの良さに感謝する。


「コーゼって、弱いのか?」


「弱くはないと思うが、戦は準備が大切だ。それにカミュートの王には何度も戦を重ねてきた経験と実績があるからな」


 兵自体の弱体化に重ねて、兵の動かし方、戦略、全てがカミュートの王の圧勝である。

 カミュート王はここで一気にコーゼを攻め落とすつもりらしく、国境付近の兵はそのままに、新たに兵を増やし、コーゼの都に攻め入る戦略に打って出た。


「やっとだな!」


 広場に掲げられた、傭兵を募集する案内を見ながら、ルーイが声を上げる。


「あぁ。馬を連れて行けば、騎馬隊への参加も認められる」


「それでは馬小屋のある宿へ移り、馬を迎えに行きますか?」


「そうだな。少しの間一緒に居られれば、私に慣れてくれるであろう」


「早速迎えに行こうぜ」


 宿を変える手配を済ませ、馬を引き取りに行く。

 シュルトに似たあの馬も、私の脚となり駆けてくれるだろうか。名を何と呼ぼうか。


「旦那! いよいよですか?」


 店の主人がいつもの様にステフに声をかける。


「あぁ。募集がかけられただろう? あれに参加するからね。長い間、預かっててもらって悪かったね」


「いえいえ。その分、お支払いいただいてますから」


「まぁね」


「連れてまいりますので、しばらくお待ちください」


 店の主人が奥へと入っていくのを見届けて、私はステフに声をかける。


「其方は、いくら支払ったのだ?」


「えぇ? ふふ。内緒です。兄さんにも教えてないんですから」


 ステフが商人らしい顔つきをこちらに向ける。

 この顔は……食い下がったところで答えは貰えそうにないな。


「旦那。お待たせしました。それではこちらをお持ちください」


 手綱をステフに握らせ、店主はやっと役目を終えたと言わんばかりに、安堵の顔を見せた。


「この馬は本当にシュルトによく似ている。お前に似た馬が、シャーノにいるんだ」


 私がそう言って馬を撫でると、店主が驚いた顔をした。


「よくご存知で! この馬はシャーノから仕入れてきたんですよ!」


「シャーノから……そうか。もしかしたらシュルトの遠い親戚なのかもしれぬな」


 シャーノから来たと聞き、私の中に懐かしさと馬への親近感が広がる。


「お前の名は、クラムにしよう」


「クラム。良い名前だな」


 ルーイがポンっとクラムの背中を触った。


 店主からクラムに繋がれた手綱を握らされ、ステフは慣れぬ手つきで馬を引いて店を出る。私たち三人はこうして無事にクラムを引き取った。

 クラムと名付けられた、シュルトに似た馬。これから私と一緒に、姫の元へ駆けていこう。


 そしてもし叶うなら、姫にも見せてやりたい。

 姫はシュルトに乗るのが本当にお好きであった。シュルトの背中に乗って、次々に変わる表情はなんとも言えぬ愛らしさであったと、懐かしさから過去の思い出に思いを馳せる。

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