第56話 贈りもの
翌日、私たちは再びシュルトに似た馬に会いに行くことになった。
「其方達、何を考えている?」
「何にも? 馬に会いたいなぁってことだけ」
「えぇ。何とかできないかと、考えてみたいだけです」
昨日の店に向かう道中、二人を追及しようにも、あっさりかわされてしまう。
昨夜から、既に何度目だろうか。
同様の会話を何度も交わしているが、その度に二人がニヤニヤと嫌な笑い顔を私に向ける。
ステフまであのような顔をするとは。
二人とのやり合いに少し嫌気がさした頃、昨日の店にたどり着いた。
「馬がいない?!」
シュルトに似たあの馬は既に並べられていなかった。
「あー。売れちゃったか」
「騎馬隊の募集がかかる話も出回っていますから。仕方ないのかもしれませんね」
「そ、そうだな」
あの馬は他の誰かと共に戦に行くのだな。
あぁ。手に入らないとわかって初めて、自分の気持ちに気づく。私はあの馬に乗りたかったのだ。
「旦那! もう迎えに来たんです?」
昨日、ステフのことを追い返すようにあしらった店の主人が、一変させた態度でステフに話しかけてきた。
「いいや。見に来ただけだ。開戦まで、よろしく頼むよ」
ステフも何事もなかったように会話を繋げていく。
「えぇ。ちゃんと預かっておきます。ご安心ください」
昨日より謙った態度でステフに接してるように思うのは、私の気のせいだろうか。預かるとは、何のことだ?
「アイシュタルト、他の馬を見ますか?」
「いや、いい」
「どうして?! 馬に乗って、戦に行けよ」
「歩きで、構わぬ」
「早く都に向かわなくていいの?」
「それは……」
コーゼの王宮まで出来る限り早く向かいたい。それは間違いない。そのためには、馬に乗るのが一番なのはわかっている。
だが、もう私の乗りたかったあの馬はいない。
別の誰かと戦に向かうのだから。
もう少し早く手を伸ばすべきであった。その機は逃してはならなかったのだ。私の望みは、やはり叶わぬ。
「あの馬が良かったんだろ?」
「あぁ。昨日のうちに決断すべきであったな」
「他の馬は?」
「他の馬に乗る気はない。歩きで構わぬ」
「ははっ」
「ふふ」
私の言葉に二人が笑い声をあげた。
「何だ? 何かおかしいか?」
「ううん。もっと、はやく言えば良いのにって思っただけ」
「アイシュタルトは自分の望みを口にはしないから、自信がなかったんです」
「どういうことだ? 何を言っている?」
「アイシュタルト、こちらへ来てください」
ステフが私の手を引いて、店の奥へと進んでいく。
勝手に店の中に入られた主人は、その様子を止めることなく、笑顔を浮かべていた。
「ステフ? どこへ行くんだ?」
「こちらですよ」
ステフが私を連れて行った先に、あの馬がいた。
「何故?!」
「ふふ。驚きましたか?」
「驚くに決まっておろう?」
「僕と兄さんからです。これに乗って、戦に向かって下さい」
ステフがそう言って、馬の背中を撫でる。
ステフとルーイから? 何を言っているんだ? 何が起きているんだ?
私にはステフの話す言葉の意味が理解できなかった。
「アイシュタルトの驚いた顔も珍しいよなぁ」
後ろからルーイが私に声をかける。
「ルーイ。どういうことだ?」
「どういうって、今ステフが言っただろ? そいつに乗って、戦に行けよ」
そいつとは? この馬のことか? 私がこの馬に乗って……戦に行く?
「……っ!」
ようやく頭の中の整理がついた。この馬は、二人から私へ贈られたものだというのか。
私は恥ずかしさなのか、即座に理解できなかった気まずさか、このような贈りものをされた嬉しさか、顔に血が昇るのを抑えられなかった。
私はまるで夕陽に当てられた様な赤い顔をしてるのだろう。顔全体が熱くて仕方がない。それを隠すように、馬の立髪に顔をうずめた。
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