第40話 ロイドの願い

「ありがとうございました」


「礼なら、ルーイに言ってやるといい」


「はい」


「アイシュタルト、君が彼と出会えたのは本当に幸運なことだと思う。大切にするんだ」


「はい」


 わかってる。ルーイと会えたから、今こうしてここに居られる。何の計画もなく国を飛び出した私が、姫の心配ができるなど。


「もう、聞きたいことは済んだかな? ルーイにばかり店番を任せていては、また私が怒られてしまう」


「はい。助かりました」


「また、聞きたいことがあれば、いつでもおいで。君が姫に向けるその気持ち、陰ながら応援しているよ」


「何故っ?!」


 私の気持ちだと? あれほど、誰にもバレぬようにしているというのに。


「おや? 違ったかな? こうした気持ちの読み取りは、昔から得意だったんだけど。違ったとしたら、私も平和な日々に、弛んでいるのかもしれない」


「違わない……」


 私が吐き出した否定の言葉に、ロイドが満足気に笑った。


「ふふ。それなら、精一杯努力すると良い。必死でもがけば、もしかしたら運命の扉が開くかもしれない。自分の思いに、素直になるんだ」


「素直に……」


 カミュートに来て、自分の気持ちに嘘をつくのをやめようと、そう決心した。

 だが私はこのまま、姫に向かっていって良いのだろうか。直接、姫のご無事を伺うなど、そのような真似をしても良いのだろうか。姫にもう一度、会いに行っても良いのだろうか。


「そして、これは私の、いやコーゼの民の願いだ」


「何でしょうか?」


「あの王子を討って欲しい」


「何を!」


「もちろん、直接手を下して欲しいなどと言うつもりはないよ。だが、あの方のやることに、コーゼの民が苦しめられてることは事実だ。私は旅商人という立場に逃げてしまったが、私の幼い頃の知人や友人は未だにあの国の悪政に苦しんでる」


 それが、コーゼの中か。隣の国のことはわからぬと、カミュートに来て何度となく思ったが、コーゼのことも、何一つわかっていない。


「もし君が姫に仕えるほどに強いのだとしたら、コーゼを倒す刃となってくれたら、ありがたい。そして、あの王子から姫を奪い去りでもしてくれたら、私たちも少し、胸が空く思いができるだろうな」


 ロイドが苦々しく笑った。どこまでが本音なのだろうか。どこまで本気なのだろうか。


「私の言葉は、全部本心だよ」


「あぁ。私の感情は……読みやすいですか?」


 これほどあっさり思いを読まれるとは、情けなさに下を向く。


「そんなふうには思わないよ?」


「ですが……」


「私は得意な方だと言っただろ? 君は上手く隠してると思う。私が以前会った城の人たちと変わらないよ」


「ルーイにも隠すことができなくて」


「彼も得意なんだろ? 彼の場合は、本当のことを知りたいって探究心だと思うけどね。それか、相手のことを知らなきゃ、困ることでもあるのかな?」


 探究心、困る……逃げることか。


「ルーイは逃げることが得意なんです。人からも」


「あはは。じゃあそのせいだ。君のせいじゃないよ。得意なことを活かして生きてる者に、敵うほどではない。だって、君はそれで生き抜いてるわけじゃない」


 ロイドの言葉は私の心の奥へとどんどん入り込む。ルーイに出会えたのも幸運だが、ロイドと出会えたこともまた、幸運だと思う。


「先程の願い、できる限りのことをしたいと思います」


「無茶はしてもいいけど、無理をしてはいけないよ。君の心の赴くままに動かなきゃ、辛いだけだ」


「はい」


「さすがにそろそろ店頭に戻ろう。ルーイも待ちくたびれてるだろうから」


 ロイドと共に店頭に戻れば、ルーイがこちらに駆け寄ってくる。


「アイシュタルト、たくさん話聞けたか?」


「あぁ。ありがとう」


 私の言葉に、ルーイが笑顔になる。その笑顔を、この幸運を、何としてでも守るから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る