第38話 ロイドの話

「こんにちはー!」


「ルーイ! いらっしゃい」


 ルーイが店の中に入って声をかけると、背の高い細身の男がルーイに向かって、店の奥から出てこようとしていた。


「旦那ー。この間聞いたコーゼの話、もう少し詳しく教えてくれない? その話を本当に知りたいやつ、連れてきたから」


「コーゼ? あぁ。姫の話か」


 男の呟いた声に、私の心臓が飛び跳ねる。姫の話、黒髪の姫か。それとも、クリュスエント様のことも知っているのだろうか。


「そうそう、それ!」


「あぁ。いいぞ……っと。この人か?」


 店内はあらゆるものが大量に積み上げられており、その隙間を通って男が近くまでやってきた。


「こんにちは」


「ルーイの……友人?」


「はい」


 ルーイの友人と言うにはあまりにも雰囲気の違う私のことを、男が品定めをするように見る。


「私はロイド。コーゼ出身の元旅商人なんだ」


「私はアイシュタルトと申します」


「アイシュ……そうか」


「何でしょうか?」


「いや。余計な詮索はするものじゃない。話の中で必要になれば、いずれ」


 ロイドは私の出立ちや名前から何かを読み取っているのだろう。旅商人というのは、そういう裏読みに優れていくものだ。


「ルーイ、少し店番を頼んで良いだろうか?アイシュタルトと奥に入ってくる」


「いいよー。旦那、色々教えてやってよ。」


「仕方ないな。また今度手伝いにこいよ。」


 ルーイと軽いやり取りを済ませ、ロイドは私を店の奥へと誘う。


「狭くて申し訳ないね。そこに、座ってくれるかい?」


「はい」


 店の奥には、テーブルとそれを挟んで椅子が二脚置かれていた。その椅子にそれぞれ腰を下ろす。


「それで、何が知りたい? 私で話せることなら話してあげよう。ただ、コーゼを出てから、もう1年以上経つ。その頃のことまでしか知らないよ」


「コーゼの、王子に嫁いだ、姫のことを」


「王子の? ルーイにはすでに話したよ。艶のある黒髪の綺麗な姫だ。私が最後に見かけたのは、何の式典だったかな。王族と並んで、民へと手を振っていた」


「間違いなく、黒髪ですか?!」


 私の声が、興奮で少し大きくなる。


「落ち着きなさい。姫は間違いなく真っ直ぐな黒髪だ」


「そう、ですか」


 クリュスエント様ではない。それではあの方はどこへ。


「君が知りたかったのは姫のことか? それとも、別の方のことか?」


 下を向いた私に、ロイドが言葉をかける。別の方?


「べ、別の方というのは?!」


「私がコーゼを出る半年ぐらい前の話だ。お一人、美しい姫が王宮に入られたと、そんな噂がコーゼの都で囁かれた」


「その方は? その方のことが知りたいのです!」


「噂でしかないよ。私も見たことがないんだ。私どころか、誰も見たことがなくて、本当の話かどうかもわからない」


「構いません。その方のことを教えて下さい」


「くれぐれも、噂でしかない。それだけは頭に入れて聞いておいて」


「はい」


「噂の出どころは門番だ。彼らは城に出入りする全てを把握しなければならないからね。その門番が、馬車に乗ってきた一人の姫を見たと言うんだ。だが、その後誰もその姫を見ることはなくて、そのうちに見間違えだったのだろうと、言われていたよ」


 確かに姫は馬車で移動された。


「その噂の姫はそれは美しい方だったそうだが、何せその後誰も見ることはなくて、王宮に入ったはずなのに、お披露目もない。黒髪の姫の時は、正室でもないのに、盛大な宴が催されたのにね」


 黒髪の姫は、やはり。コーゼへは当然クリュスエント様が正室として、嫁がれているはず。


「それで結局、門番の見間違えだろうという話になったんだ」


「その方の容姿は?」


「それが、美しい金髪だったと言う話だ」


 姫だ。馬車に乗った金髪の姫。間違いない、クリュスエント様だ。

 私はロイドの話の中に、探していた姫を見つけた。

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