第37話 ルーイの努力

 外に出れば、避けたくてたまらなかった暑さが、体にまとわりつく。

 ただ、避けたいからといって、閉じこもっているわけにはいかない。姫のことを少しでも知りたい、そのような焦りが私を突き動かした。


「ルーイ! 今日は手伝っていかないのか?!」


「また店番やっておくれよ!」


「今日はちょっと用があるんだ! また今度ね」


 街ですれ違う人々がルーイに向かって声をかける。そのやり取りを聞きながら、ルーイの方に顔を向けると、いつもの様に得意げな顔を私に見せた。


「この街で人から話を聞くのにさ、色んなところに顔を出したんだ。そこら中に知り合いが増えちゃったよ」


 情報を得るために、手伝いや店番をしていたということか。私が姫の話をしたのはルーイにだけだ。姫の情報は、ステフには頼れない。ルーイは自力で情報を得ようとしたんだ。私のために……


「不慣れなことを、させたな」


「そんなことないって。思ったよりも楽しかったよ。最初は怒鳴られてたけどね」


「負担をかけさせた。すまない」


「謝るなって。こっちは俺が受け持つって言ったろ? それに、アイシュタルトから任されたからな」


「私から?」


「うん。アイシュタルトが俺にそんなこと言うなんて、珍しすぎて張り切っちゃったよ」


「悪いことをした」


「大丈夫、楽しかったって言ったろ? おかげで情報も、少しだけど金も稼いだ。どこかに定住するときの練習だよ」


「定住するのか?」


 旅に飽きたらと、ルーイがそう言っていたことを思い出す。ここで? ルーイの旅が終わるというのか?


「どうかな。まだ、考えてない。それに、まだアイシュタルトの笑顔見てねぇし」


「お、大口を開けては笑わぬ」


「そう? 俺、そろそろだと思ってるけど」


「そのようなこと!」


「ほら。会ったときよりも、ずっと人間らしい。ずっとつまんなそうな顔してるより良いよ」


 驚いた私の顔を指差して、ルーイがそう告げる。

 

「人間、らしい?」


「うん。何考えてるか、わかるようになった。今の方が良い」


「私には、其方がわからぬ」


「え? 俺?」


「あぁ。いつも私が考えるよりも先を、深くを、考えているように思う」


「俺、そんなこと考えてねぇよ?」


「いつも先回りして、動いているではないか。私には、どれも予想のできぬことばかりだ」


「はぁ? 俺が? そんなわけねぇって。俺のことかいかぶりすぎ。ただ俺はさ、自信のないことは口にしないだけ」


「自信のないこと?」


「そう。自分が自信もって答えられることだけ、口にする。自信のないことは、言う必要ないだろ?」


「そうであったのか」


「ただそれだけだよ。気にしすぎだって。ほら、着いた」


 ルーイが足を止めたのは、一軒の雑貨店の前であった。


「ここは?」


「ここの店の旦那がさ、去年まで旅商人だったんだって。今のことは聞けないけど、コーゼの姫のこと、色々知ってたんだ」


「旅商人を辞めたってことか?」


「うん。ここの店の娘が旦那に惚れ込んで、何とか結婚してもらったんだってさ」


 通行証を返却して、カミュートに定住したのか。旅の楽しさよりも、自分に惚れた女と共に生きることを選ぶ。ステフの人生にも、そういう道があるのかもしれない。


「話を聞いてみたい」


「あぁ。いつでも来いって言ってくれてる。俺も一通りのことは聞いたけどさ、俺は直接クリュスエント様を知ってるわけじゃない。アイシュタルトが話した方が良いだろうなって思ったんだよね」


「すまない。助かる」


「良いって! じゃあ、行こう」


 この店の旦那と知り合うまでに、どれほど苦労したのだろうか。どれだけの人間と会って話をしたのだろうか。たった半月で、このような人物に会うことが、私にはできるだろうか。

 ルーイの努力と苦労に頭が下がる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る