第36話 黒髪の姫

「んー。特徴、かなぁ」


「特徴? 性格のことか? 見た目のことか?」


「見た目!」


「何故だ?」


「俺さ、コーゼのことについて、街で聞いてきたんだよね。もちろん旅商人とは違うから、大したことは聞けなかったんだけど、コーゼの王子に嫁いだ姫様、評判悪いんだよ」


「何てことを!」


 ルーイの言葉に思わず声が大きくなる。姫の性格が悪いというのか。


「ち、違う。違う。落ち着けって」


「落ち着いていられるか!」


「だから、俺、別人なんじゃないかって思って」


「別人だと?」


「その、話に聞く姫様に、アイシュタルトが仕えるなんて思えないんだよね。いくら命令でもさ。アイシュタルトはやりたくないことをやらされそうだから、国を捨ててきただろう?」


「あぁ」


「それなら、あの話の姫様に仕えさせられたら、アイシュタルトはもっと早く辞めてないのかなって。そう思えて仕方がない」


「どういうことだ?」


「とんでもない性格だってこと。隣の国まで、その評判が聞こえてくるぐらいにさ」


 隣の国……カミュートに聞こえるほどの悪評だというのか。まさか、あの姫がその様なことになるとは思えぬ。


「その方の名前は?」


「それがさ、誰も知らねぇの。多分隠してるんだ」


「何故」


「わかんねぇ。だから、見た目の特徴しか判断できない。シャーノの姫ってどんな見た目?」


「き、金髪で、緑色の目をしていて……」


「やっぱりな」


「どういうことだ?」


「俺が聞いてきた姫様は、黒髪なんだ」


「黒髪? クリュスエント様は美しい金髪だ。」


「ク、クリュスエント様? それがシャーノの姫の名前?」


「あぁ」


「そしたら、きっと別人なんだと思う。色々な言われ方をしてた姫様なんだけどさ、みんな『艶のある黒髪』だって言うんだ。いくら人伝いに聞いたとしても、金髪が黒髪になることはないだろ?」


 黒髪の姫、誰だ? クリュスエント様はどうされた? 私の心に不安と焦りが渦巻いていく。

 姫は、本当にお幸せに暮らしているのだろうか。大切にされているのだろうか。

 シャーノにいた時に、一通も送られてこなかった姫からの手紙。好戦的な王子。悪評の高い黒髪の姫。そのどれもが、私の心を揺さぶる。


「その悪評というのは、どのようなものだ?」


「黒髪の姫の? クリュスエント様とは別人だと思って聞けよ?」


「もちろんだ」


「とにかく、性格がきついんだって。従者や下働きに対して酷い態度をとるらしい。もう何人も辞めて、辞めさせられて、それでも王子との仲は良いらしいから、誰も何も言えないって。これが、俺の聞いてきた黒髪の姫の話」


「クリュスエント様ではない。あの方はその様な真似はなさらない」


「うん。そう思った。アイシュタルトが仕えてて、今でも心配する程の姫様が、そんな人のはずがない」


 ルーイの顔が確信に変わっていた。別人、その様なことがありえるのだろうか。王子に嫁いだシャーノの姫、クリュスエント様には似ても似つかぬ黒髪の姫……まさか。


「側室ってやつかな」


 ルーイが私の考えを読んだ様にそう口にする。側室、それならばあり得ぬ話ではない。

 では、何故姫の話は聞こえてこぬ? 悪評だからか? 確かに、悪評が広がるのは早いというが、それにしても側室の話であれば、当然正室の話も漏れてくるであろう。


「姫は、どこにいかれたんだ」


 誰かに問うような、一人で呟いたような、そんな言葉を口にする。

 どこにも行けるわけはない。コーゼに嫁いだのは間違いない。手紙は送られてこぬとも、お体に何かあれば、連絡が入るはずだ。コーゼにはフェリスも共に移動している。


「街へ出て、他にも聞いてみるか?」


「あぁ」


 カミュートでは何もできぬかもしれない。だが、何もせずにはいられない。ここで私にできることは、一体何であろうか。

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