第35話 カミュートの暑さ

 ステフと剣術の訓練を始めてから半月が経とうとしていた。私は徐々に暑くなっていく毎日の気温に嫌気がさしていた。


「毎日、暑すぎないか?」


 朝の用意をしながら、外に出て待ち受ける暑さを想像し、思わず本音がこぼれた。


「お? アイシュタルトが弱音とは、珍しいな」


「我慢ができなくなってきた」


「毎日、森に行くのも辛くなってきましたよね」


「二人は、平気なのか?」


「慣れてるからなぁ。生まれてから、ずっとこの気候だし、気にもならないよ」


 この気温に限界を感じているのは私だけということか。


「森の中に行けば、まだ良い。辛いのはそこまでの道のりだ」


「そろそろ、涼しくなっていくと思うんですけど、涼しくなる少し前が一番辛いんですよ」


「騎士様も、暑さには弱いんだな」


「不慣れなだけだ」


「後数日もすれば、徐々に和らいでいくはずです」


「そうか、それならば耐えられる」


「それなら、少し休みにしたら? ちょうどステフにも話を聞きに行ってもらいたいと思ってたんだ」


 ルーイの提案に、簡単に頷きそうになる。私らしくもない。


「ステフはそれで良いのか?」


「はい! 数日お休みをいただけるのであれば、隣の村へ行ってきますよ。そちらはより国境に近いですし、宿には旅商人が多くいますので」


「それいい! そうしろよ」


「私たちも行った方がいいのではないのか?」


「だめだめ。俺たちが行ったってなんの役にも立たないよ」


 旅商人の社交場……か。


「大丈夫です! そっちに行って、数日宿泊してきます。そうすれば、きっと何か聞けますから」


「役に立たず、すまない」


「アイシュタルトにはいつもお世話になっていますから。任せてください! 昨日加工場に依頼したものも受け取ってから行ってきますね!」


「頼むな」


「うん。四日で帰ってくる。暑さも和らげばいいけど、アイシュタルトに無理させないでね。シャーノの夏とは大違いなんだ」


 私たちにそう約束して、ステフが出かけていく。



 

「ステフの訓練は、順調?」


「聞きたかったのはそれか?」


「他にもあるけど、まずはね。兄として、気になるよ」


「順調だと思う」


 最初に苦労していた、目を瞑ってしまうことも最近では減った。加工場に依頼するものも、ステフが仕留めたものが多くなっている。


「そっかぁ。うまくいってるんだ」


「あぁ。兎も狐も仕留められる。もう少し別の獣に会える場があるといいのだが」


「別……犬とか?」


「あぁ」


「そしたら、加工場に近いところだ。そこなら、もう少し大きい獣が出る」


「加工場か」


 想像して、つい顔をしかめてしまう。


「わかった? 今はさ、暑いから臭いがきついんだよ」


 依頼する一時なら我慢もできる。だが、あの臭いの中に一日中は、耐えられそうにない。


「あそこで働いている者たちは、何故耐えられるんだ」


「賃金は、良いんだよね。後は、元々鼻が利かないとか」


「そういうことか」


「じゃないとやれないよ。俺でも我慢できないだろうな。食い逃げするわ」


「まだする気か」


「ステフの前ではね、やらない」


 兄としての威厳、というやつか。既に大部分が失われつつあるが。


「その方が良い。ステフもせっかく会えた兄が食い逃げで捕まっていては、悲しむだろう」


 いつだったか聞いた、ステフが旅商人になった理由を思い出す。兄に会いたかったと言った顔が脳裏に浮かぶ。


「それとさ、もう一つ聞きたいんだ」


「何だ?」


「コーゼに嫁いだ、シャーノの姫って、どんな人?」


「ど、どんなというのは?」

 

 私の心臓が跳ね上がった。先ほどまでと変わらぬ調子でルーイは私に尋ねるが、私は気が気ではなかった。ルーイが私たちと離れて行動していた理由は、これであったか。

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