第34話 剣術訓練

「ステフ! 目を瞑ってはいけない!」


「っ!……あっ」


 私の声にステフが目を開いた時には、既に兎は逃げ出した後だ。


「すいません」


 ステフが謝りながら下を向く。


「気にするな。まだ初日だ」


 昨日ルーイに教えてもらった森へ、私とステフは朝から来ていた。

 ステフに合わせて買った剣は、軽く扱いやすい様で、ステフはどんどん腕をあげていく。剣を扱うのに、適した体をしているとは思ったが、これ程までとは。

 ただ、ステフは獲物に剣を振るう、その瞬間に目を瞑ってしまう。どれだけ腕が良くとも、目を瞑れば剣は当たらぬ。兎や鳥の様に素早いものであれば尚更だ。


「どうして、目を瞑ってしまうのでしょうか」


「どう……心のどこかで、当てたくないと思っているのかもしれないな。剣を当てれば、兎は生きてはいないからな」


「……」


「ステフは優しいんだな」


「アイシュタルトは……怖くないんですか?」


「怖い?」


「その……」


「倒さねば、こちらがやられる。獣は兎だけではないからな」


「そう、ですよね」


「気にしすぎだ。そのうち慣れる」


 本当は、相手を倒すことになど、慣れなくても良い。これは決して商人の、ステフの仕事ではない。だが、やはりあの様に逃げてばかりでは、いつ命を落としてしまうかわからぬ。

 定住しない旅商人だからこそ、つきまとう危険がある。ステフに身を守る術を持たせておきたい。どちらも、私の本心だ。


「アイシュタルトは、何故騎士になったのですか?」


「私か? 何故……と言われても」


 自分のことではあるが、騎士になった理由など考えたこともなかった。成人する前から、騎士の訓練所にいたのは違いない。


「騎士に育てられたからな」


「親の職業ということですか?」


「いや。私は両親の顔を知らぬ。孤児だからな。他界したのか、捨てられたのか、それすらもわからぬ。気が付けば、騎士たちが交代で私の世話をしてくれていた。だから、そのまま騎士になっただけだ」


 口にすれば火を見るよりも明らかだった。騎士の下で育てられ、騎士のことしか知らない。ただそれだけだ。つまらぬ人生だなと、苦笑する。


「すいません」


「ん? 何がだ?」


「立ち入ったことを聞いてしまいました」


「謝られるようなことではない。誰にも聞かれぬから、誰にも話さぬ。聞かれれば隠すようなことでもない。隠したところで、事実は変わらぬ」


 脱国し、姫への気持ちを隠している今とは違い、何も罪に問われるようなことでもない。


「そ、そうですか」


「ステフは何故旅商人になったのだ?」


「僕ですか?!」


「あぁ。あれは厳しい職業であろう?」


「両親が亡くなって、サポナ村にはいられなくなって、兄さんを探し始めたんです。ですが、どこに行ってしまったのかわからなくて、どこにでも行き来のできる旅商人にでもなれば、探し出せるかなって。それだけです」


「それならば、会えて良かったのだな」


「まさか、カミュートにいたままとは思っていませんでしたけど」


 ステフの顔に不満が浮かぶ。


「ククッ。それもそうだ。わざわざ国を移動できるまでになったのにな」


「本当ですよ! シャーノを歩く時も、コーゼを歩く時も、兄さんに似た人を気にして……」


「大変だな。だが、ステフが旅商人でいてくれたから、私はこうしてカミュートにいられる」


「もちろん、旅をするのも楽しいですけどね。カミュートでは見ることのできないものもたくさん見てきました」


「いつか、定住するのか?」


「わかりません。定住するのであれば通行証を返却することになります。そうすれば、国を移動することができません。今の生活を楽しんでいる自分がいるのも事実です」


「国同士もどうなるのかわからぬ時だ。ステフの思うように生きれば良い。その時に、剣術が少しでも其方の力になれば良いと思う」


「本当にありがとうございます」


「一方的な私の思いだ。嫌になれば、やめれば良い。本来の仕事ではないのだからな。さぁ、今日はこの辺にしておこう」


 独りよがりな思いになっていなければ良いと、それだけを思う。

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