第32話 街の中のこと

「コーゼの姫のことは、ちゃんと探ってみるから、頭抱えんなよ」


 自分の反応に頭を抱えた私に、ルーイがそう声をかける。


「さ、次へ行こうぜ。買い出しと、一つ見せたい場所もある」


「どこだ?」


「行けばわかるよ」


 ルーイが出発しようとする横に、慌てて並ぶ。そして、また二人で歩き出した。

 ルーイが歩く横を周りを見ながら歩いていくと、徐々に街の奥の方へ進んで行こうとしているのがわかる。

 そして、徐々に大きな屋敷が近づいて来た。領主の屋敷であろう。


「このまま、屋敷づたいに裏側へ回るから」


 領主の屋敷の壁を横目にちょうど真裏へと回り込む。


「これは……」


「あぁ。これがこの街の人たちの家だ」


 一体どこが境であっただろうか。気がつけば小さな、質素な家が増えていた。領主の屋敷の真裏は道の雰囲気すら暗い。

 ルーイは領主の屋敷を背に、その道を更に奥へと歩いて行く。突き当たりに、街を取り囲む壁が見える。その下の方に、人が一人歩くことのできる扉がついているのが見えた。


「外へ出るから」


 その扉から街の外へ出ると、ちょうど強い風が吹いた。


「この臭いは?」


「臭い、わかった?」


「あぁ」


 思わず顔をしかめたくなるような嫌な臭いが、風にのって鼻をつく。


「そこ、加工場」


 ルーイが指を挿した先に、薄汚れた小屋が建っていた。


「加工場?」


「そう。街の外で獣を狩ってくるだろう? それを売れる状態にするの」


「売れる状態というのは?」


「毛皮を剥いだり、血を抜いたり……そういうこと」


「どおりで、この臭い」


「いくらかかかるけど、自分でやるよりも確実だ。獣を狩ったら、壁沿いにこっちへ来て、加工を頼む。一日もあれば終わるから、翌日引き取りに来る」


「私たちが世話になる場所、ということか」


「うん。教えておかないとさ、ステフと狩りやるんだろ?」


「あぁ」


「そしたら、さっきの道を戻れば良い」


「ルーイは、何をするつもりだ?」


「俺? 俺は、何しようかな。一応、情報収集?」


 ルーイのことだ。まさか本気で何も考えてないわけではないだろう。ルーイの思考は、城の者たちよりもずっと読み取りづらい。

 思惑のわからぬ者を側に置くのは怖い。ただ、ルーイへの信頼はそれを遥かに上回る。

 深読みしたところで、読みきれるはずもない目の前の男の考えに、思考を巡らすのは無駄だ。ルーイのことは、ルーイに任せておけば良い。


「ステフは私が鍛え上げる。そちらは頼んだ」


「うん。ステフのこと、頼むな。もう、あんな風に逃げなくていいようにしてやってよ」


「もちろんだ。任せろ」


「よし、そしたら宿に戻ろう! そのうち、ステフも戻ってくるよ。」


 宿に帰る途中に、干し肉や果物、日持ちのするものをいくつも買い込む。街から出れば、食事ができる場所もない。明日以降の必需品だ。



「兄さん、アイシュタルト。ただ今戻りました」


 私たちが宿に着いて、さほど時間も開けずにステフが戻ってきた。

 今日の話は旅商人同士の内密の話だ。部屋の中ほどに三人で集まり、少し声をひそめて話をする。


「コーゼは間違いなくカミュートへと攻め込む予定です。周りから剣や盾、馬を集めているようです。それが揃い次第、こちらへ向かう気なのではと」


 ステフの話は一番大切なことから始まった。コーゼが攻めてくる。それに間違いはないようだ。ただ、いつかはわからない。それまで、この街で滞在し続けられるのだろうか。

 剣はひと月かかると言われた。それを待つ時間はあるのだろうか。国境には兵士が常駐している。更に国境近くにはもう一つ別の街がある。そちらを落としてからの侵攻にはなるだろう。

 ステフの話をして聞きながら、兵士として国の動きを想像する。二人を守る手段を考えなければならない。

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