第31話 王女様って

「そっかぁ……なぁ! アイシュタルトは城で働いてたんだろ?」


 ルーイが私の顔を見て、わざとらしく明るい声で話を変えた。ルーイにはもう、隠しごとはできない。


「あぁ」


「王女様って、やっぱり綺麗?」


「は?」


「カミュートには王女っていないからさ。王女様、見たことある?」


「ある」


「綺麗?」


 私の答えにルーイが前のめりになって顔を寄せてくる。


「き、綺麗だ」


 姫のことを思い出せば、顔に熱が上がってくるのがわかる。


「へぇー。俺も見てみたいなぁ」


 私の顔を見ないように、わざとらしく、空を見上げて、そうつぶやいた。色々なことが、バレているのに違いない。それなのに、黙っていてくれるその優しさに甘えたままで良いのだろうか。


「また、ゆっくり教えてよ。王女様のこと」


 黙り込み、考え込んだ私の耳に、ルーイの声が優しく届く。


「王女は……私が仕えていた方だ」


 言って、しまった。ルーイの声が、顔が、私の心に響いた。彼ならば、受け入れてくれるのではないかと。そう思わずにいられなかった。


「え? えぇ?! ええぇぇぇええ?!」


「ルーイ、うるさい」


「あ、悪い。って、本当?! つ、仕えていたって」


「あぁ。姫の、クリュスエント様の護衛騎士だった」


「護衛って、あの、王族の周りにいる…あれ?」


「ククッ。あぁ。あれだ」


 私の心配など、無用であったのかもしれない。ルーイの反応はあまりにも自然で、つい笑いがこぼれる。


「すげぇ。そ、そしたらアイシュタルトって、もしかして、とんでもなく強いんじゃ……」


「とんでもなく……はどうだろうか。小さい熊は倒せるようだが」


「あ、ははっ。そりゃそうだ。倒したもんな」


「あぁ」


「そっかぁー。そりゃ強いはずだよ。逃げねぇよなぁ」


「逃げることなど、あってはならないからな」


 護るべき人がいる。自分の命を優先して、逃げることなど、許されるはずもない。私が生きてきたのは、そういう世界だ。


「お、俺のことはそんなに必死で守らなくていいからな! ちゃんと逃げろよ」


「当たり前だ」


「即答?! 逃げるなど……とか言わねぇの?」


「言わぬ。置いて逃げる」


「え? あれ? 俺、見捨てられるの?」


「……」


 わたしが黙ったまま視線を外すと、ルーイの慌てる様子に拍車がかかる。


「お、おい!」


「……クッ。ククッ」


「じ、冗談……?」


「あぁ。見捨てぬ。逃げるときは一緒に逃げるぞ」


「なんだぁー。きつい冗談」


 ルーイが安心してその場で座り込んだ。


「そのような場で……ほら」


 ルーイを立たせようと私が手を差し出す。まるで、出会った時のようだ。


「悪い」


 そう言ってルーイが私の手を取り、引き寄せた。


「っ?!」


 転びそうになるところを、足に力を入れて耐える。


「ちぇー。失敗したか」


「何をするんだ!」


「俺ばっかりからかわれたからなぁ」


「クッ。まだまだだな」


 私たちは目を合わせると、道の端に移動して腰を下ろす。


「仕えていた姫が、コーゼに嫁いだってこと?」


「あぁ」


「カミュートにきた理由をさ、『したくもないことをやらされそうだった』って言ってたけど、それに関係あるの?」


「そうだな」


「そっかぁ。アイシュタルトも色々あるよなぁ。よくも知らない、隣の国にこなきゃいけなかったんだよな。いつでも、何事もない様な顔してるから、忘れてた」


「忘れたままでも構わないが」


「またそういう言い方……コーゼのこと、心配だな」


「あぁ」


 姫のことが頭をよぎれば、おのずと視線が下を向く。心配しかできない、この手で護ることのできない、自分の無力さに嫌気がさす。


「コーゼの、姫のことも探ってみるか」


 ルーイの提案に、思わず顔を上げる。そうすればニヤッと笑うルーイの顔が目に入る。

 私は何故、このような反応を返すようになってしまったのだろうか。

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