第30話 すっきりした朝

 自分の気持ちを抑え込まずに、嘘をつかずにいると決めた私は、すっきりとした気分で朝を迎えることができた。

 ルーイとステフに心配させてしまったことを、謝らねばならない。


「アイシュタルト、おはようございます」


 目覚めた私に気づいてくれたのはステフだった。


「おはよう。昨夜は、すまなかった。あのような醜態を見せてしまって、申し訳ない」


「謝らないでください! 誰にだって、体調の優れないときはあります。それより、お腹空いていませんか? 何か、もらってきましょうか?」


「腹は減っているが、ルーイが目覚めてから皆で食べに行けば良い」


 私は布団から飛び出た茶色い頭を見る。『聞いてやる。いつだって、何だって』そう言ってくれたルーイの声を頭の中で反芻する。

 いつか、ルーイやステフに姫のことを打ち明ける日が来るだろう。打ち明けねばならない時が来るだろう。そのときは、あの言葉に甘えて、聞いてもらうことにしようか。


「アイシュタルトは、兄さんのこと、どう思いますか?」


「ん? どうとは?」


 ステフに話しかけられ、そちらへ向き直る。


「あまり、お役に立っていないように思えて。私にとっては、大切な兄さんです! ただ、こんなに頼りにならなかったかな。と思ってしまって」


「ククッ。ステフ、大丈夫だ。ルーイはあのようなことばかり言っていても、ちゃんと頼りになる。心配するな」


「本当ですか?」


「このようなことで、嘘はつかぬ」


 私の言葉に、心底安心したようにステフが微笑んだ。


「今日は一日休みだと、昨夜ルーイが言っていた。何をしようか」


「昨夜、食堂で私たちが聞いてきた話を整理しますか?」


「何か聞けたのか?」


「それほど多くはありません。コーゼと行き来している旅商人たちの方が詳しいと思います」


「そしたら、それ、聞いてきて」


 ステフと二人で話し込んでいた、私たちはルーイの声に顔を向ける。


「兄さん、いつから聞いてたの?」


「旅商人の方が詳しいってところ」


「何の話かもわからぬではないか」


「え? 昨日の情報のことだろ? 違うの?」


「違わぬ」


 ルーイが頼りになるのは、このような察しの良さもある。言葉にするのが得意ではない私は、かなり助けられた。


「そしたら、僕は商人たちに聞いてくるよ。見知った顔を何人か見たんだ。声をかければ、きっと教えてくれるから」


「頼むよ。俺とアイシュタルトは買い出しに行こう。散歩でもしながらさ」


「ステフだけ負担が大きくないか?」


「僕は大丈夫です。行ってきますよ」


「昨日の話は俺から伝えておく。頼むな」


「うん」


「そしたら、まずは朝メシだ! 腹減ったなぁ」


 宿屋のそばの食堂で朝食を取り、その後ステフと別れた。私たちは二人で道を歩きながら、話をする。


「ルーイ。あのようにステフにだけ任せて、私たちが買い出しというのは……」


「いいのいいの。旅商人には旅商人だけの社交場があるから。俺たちがいない方が都合が良いこともある」


「そうなのか?」


「国から国へ移動できるのはあいつらだけだからな。握ってる情報も重要なものが多い」


「ふむ」


「俺たちがいたら、まず話してくれないよ」


「そういうものか」


「そういうものさ」


 ふふん。ルーイが得意そうな顔で笑う。


「それで、昨夜の話というのは、どういうものだ?」


「鍛冶屋で聞いたのとあまり変わらなかったな。コーゼの王子がやけに好戦的で、王の影響力が減り始めた頃から、よく仕掛けられてるらしい。ここ1年ぐらいはカミュートばかり相手にしてるって。シャーノとは何か取引したんだろうって。アイシュタルト、知ってる?」


 ルーイの問いに、息が詰まる。奥歯に力を入れて、何とか口を開く。


「シャーノの、王女が嫁いでいった。」


 やっとの思いで、そう口に出す。胸の奥が掻き乱されるようだった。握りしめた手のひらに爪が食い込んでいるのだろう。手のひらに鈍い痛みを感じた。

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