第22話 旅商人の正体

 私に襲いかかってきた人物。私は彼を知っていた。


「其方、何故ここに?」


「あんたこそ! ここで何してるんだ?!」


「アイシュタルト? どうした……っ!」


 ようやく扉の外から中に入ってきたルーイが驚きのあまり、息を呑む。中に人がいたことだろうか、それとも私が剣を向けていることだろうか。


「……ス、ステフ……ステフか?」


「なぜっ」


 ステフと呼ばれたその人物が私からルーイへと顔を向ける。


「……に、兄……さん?」


「にっ?!」


 その言葉に、驚きの声をあげるのは私の番であった。兄さん、ということは。


「ルーイの弟か?!」


「あぁ。俺の……弟だ」


「弟は、生き別れになったと……」


「父さんや母さんと離れたときに、一緒に。そのままだ」


「ちょ、ちょっと! 兄さんはこの人を知ってるの?!」


 ルーイの弟が私を指差して、ルーイにそう尋ねる。


「もちろん。今、一緒に旅してる。ステフこそ、アイシュタルトを知ってるのか?」


「アイシュタルト? そういう名前だったんだ」


「あぁ。名前も告げずに別れてしまったな。あの時は本当に助かった。ありがとう」


 ステフに改めて礼を言う。彼がいなければ、私はカミュートに来られていないのだから。


「名前も告げずってことは」


「うむ。昨日話した旅商人だ」


「金貨の!」


「ククッ。そうだ。金貨の旅商人だ」


「ステフだったのかよ!」


「金貨って……あれ本物か?」


「本物に決まっているだろう。疑っていたのか?」


「あまりに呆気なく渡すから、てっきり偽物かと思っていて……」


「アイシュタルトは元騎士様だから、金貨ぐらい持ってるって。」


 ステフの顔色が徐々に青くなっていくのがわかる。


「き、騎士……様」


「元、だ。今はルーイと一緒で旅人だからな」


「し、失礼しました。まさか、騎士様とは知らず、ご無礼を致しました」


「ククッ。気にするな。言葉も……普通に話してくれれば良い」


「そのようなこと、できません」


「アイシュタルトが気にしなくて良いって言ってるんだから、そうすれば良い」


「兄さん! なんてことを!」


 ステフの顔色が今度は赤くなっていく。


「だって……なぁ。それで良いって言ってくれたんだって」


「あぁ。もう、騎士ではないのだから」


 私たちの言葉にステフが困惑しているのがわかる。


「それで、ステフはここで何してるんだ?」


「そうだ! 犬が!」


「犬は私が追い払った。もう心配はない」


「あ、ありがとうございました!」


「気にするな。何もしておらぬ」


「それで? ステフはここに住んでるのか?」


 ガタガタと適当な椅子に腰を下ろしながらルーイがそう尋ねる。それを見ていた私たちも同じように椅子に座る。少々長くなりそうだ。


「ううん。住んではいないよ。僕は旅商人だから、どこにも定住していない」


「この家を綺麗にしたのは、やっぱりステフだったんだな」


「ルーイ。わかっていたのか?」


「わかって……っていうほどわかっていないよ。ただ、あの絵」


 ルーイがそう指を差したのは柱の下の方に描かれた子供の絵だった。


「あれ、何度も上から描き直してるだろ? あれは俺とステフが一緒に描いたんだ。家族がバラバラになる直前に」


 最初にここに来た時に、ルーイが見つめていたところだ。ただ懐かしんでいるだけだと思っていたが、そのようなことを考えていたとは。


「兄さんなら気づいてくれるって思ってたよ」


「へへ。まぁな」


 ルーイが照れ隠しのように、ニヤッと笑う。

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