第23話 会いたい人を想う

「だが、わかっていたのに、会いたくないと言っていたではないか」


「俺、逃げ出したからさ。恨まれてるかもって思ったんだよ。ステフはきっと大変な思いをして、この家を直した。そんな時にそばにいなくて、どんな顔して会いに行ける?」


「恨んでなんか! 僕は、兄さんに会いたかったんだ。ここで待ってれば、いつか会えるんじゃないかって。綺麗に整えてれば、気づいてくれるんじゃないかって。そう思ってて……」


 ステフが言いながら俯いた。自分の気持ちが相手に届いていないというのは、誰でも辛いものだ。


「遅くなって、ごめんな。ステフにばかり、頑張らせてごめん」


「ううん。僕が勝手にやっていたことだから。兄さんにやっと会えたから、それで良いんだ」


 ルーイとステフが何年かぶりの再会に顔を見合わせて笑う。ルーイを連れてきて良かった。生家まで引き連れてきて良かった。

 二人がお互いの無事を喜び合っているのを見ながら、私はふと姫のことを思い浮かべる。どうしていらっしゃるのだろうか。コーゼでお幸せに暮らしているのだろうか。

 城の庭で摘んできたあの花は、私の荷物の中に大切に保管されている。その花を見ながら、姫を思い出すことも減った。

 どうせ会えないのであればと、姫の気配のないカミュートに来ることを選んだ。姫への想いを忘れることはできなくても、奪いにいきたい衝動は抑えなければならない。それならばいっそのこと、手の届かない場所にいて欲しかった。私の知らぬところで、幸せになってさえくれれば良かった。

 あの絹糸の様な金色の髪を、雪の様に白い肌を、宝石のように深い緑色の瞳を、紅色の唇を、くるくると変わる表情を、目を閉じれば今でもありありと思い出すことができる。

 私に向けられる微笑みを、私の名を呼ぶ声を、思い出してしまえば、またしばらく想いを忘れることはできないだろう。だがこの二人のように再会できる可能性はない。


「アイシュタルト? どうした?」


「何でもない。大丈夫だ」


「どうする? 街へ戻る?」


「ステフは一緒に行くのか?」


「僕は、お墓参りに行く予定なんです」


「墓?」


「はい。両親の」


「そっかぁ。そりゃ、そうだよなぁ」


 ステフの話を聞いて、ルーイが肩を落とす。墓ということは、両親は既に他界しているということだ。覚悟をしていても、現実になると、やはり落ち込むものである。


「ルーイ、私たちも行こう」


「え?! い、いや、そこまで行ったら、きっと今日中に街へは戻れない」


「ステフは街へは戻らないのか?」


「今夜はここに泊まります。兄さんたちもよければ」


「そう言ってもらえるとありがたい。ルーイを墓まで連れて行ってやって欲しい」


「アイシュタルト! 俺は、いいよ」


「何故だ?次はいつ行けるかわからぬ。教えてもらっておけば良いではないか」


「だって、俺に行く資格、あるのかな」


 次は資格か……恨まれてるだとか、力になれなかっただとか、家族のこととなるとルーイは情けないものだな。


「では、やめておけ。その代わり、私が行ってくる。そして、食い逃げで捕まったことや、戦えもせずに逃げ足だけ早いことや、ここでのその情けのない姿、全てを報告してきてやる」


「なにっ!」


「本当のことであろう? 嫌なら一緒に行って、私の口を止めれば良い」


 生身でなくとも再会できるのだから。両親が生きていた息遣いを感じる術があるのだから。手を合わせる場所が、思い出を語る場所があるのだから。大切な人を想うことが許されるのだから。


「ルーイ。両親に会いに行くぞ」


 私とは違うのだから、行こう。

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