第6話 第二子誕生

「王妃が?!」


「あぁ。喜ばしいことだろう?」


「う、うむ。確かに」


 姫の護衛を解任された私は騎士団に所属が変わっていた。もちろんそれほど任務に違いはない。護る対象が王国全土となるだけのことだ。

 その騎士団で訓練中、同僚から思わぬ話を聞いた。王妃が懐妊されたというのだ。

 姫が嫁いでからまだ数ヶ月。それなのに年が開ければ第二子がお生まれになるというのか。これではもう、姫が戻られる場所もない。

 後継のいない王室が、何年か後に姫を戻すのではないかと、そんな噂が飛び交っていた。だが第二子が生まれればその可能性は完全に消える。もしかしたら、もう一度姫に会うことが叶うのではないかと、私のそんな淡い期待は砕け散った。


 新しい年を迎え、無事に第二子がお生まれになると、新しい命の誕生を王国全体が祝福した。コーゼ国に嫁いだ姫からは一切の連絡もない。それなのに、誰も姫の心配をする者はいなかった。

 城中が、国中が第二子の話題一色に染まる。なぜなら、第二子は王子だったからだ。

 誰もが姫の話題を口にしなくなっている。私が姫のことを思うことを許されるのも、もはや自室にいる時だけだ。姫が私にお見舞いとして送り、私が姫に送ったピンク色の花が、今年もまた私の部屋のカップに生けられ、下を向く。

 姫がこの国を離れて、一年が経とうとしていた。


「アイシュタルト、其方を王子の護衛騎士に、という話しがきておる」


 私が騎士団長よりそう声をかけられたのは王子がお生まれになってすぐのことだ。

 就任式であのような失敗をし、姫のわがままに付き合うだけの護衛であったが、十年もの間護衛騎士としての任務を全うしたことは、一定の評価を得ていたようだ。


「わ、私が、護衛騎士にですか」


「あぁ。今度は隊長としてだ。出世したではないか」


 護衛騎士の見習いとして就任した姫の時とは違い、今度は護衛騎士の中心としての任務。騎士団の中でくすぶっている現状からは比べものにならないぐらいの出世だ。


「もちろん、引き受けるだろう?」


「あ、いや、あの……しばらく、保留はできないでしょうか?」


「なんだと?! 王からの命令であるぞ!」


「わ、わかっております! ですが……」


 王からの命令、保留などできるはずもない。それでもこれを引き受けてしまえば、二度とあの方の護衛に戻ることはできない。


「其方が悩んでいるのは、クリュスエント姫のことか?」


「っ!」


 図星をつかれ、顔に熱が上がるのがわかる。まだ姫のことを思っているのかと呆れられるであろう。


「其方の気持ちはわからんでもない。だがいくら待っても、嫁いだ姫が戻ってくることはもう、ないのだぞ?」


 団長からの言葉は、私の予想とは違っていた。私の気持ちをわかると?! それならば、何故私に護衛の話など。


「それは、そうなのですが」


「気持ちの整理がつかぬか。十年もお一人に仕えたのだ。仕方のないことだ」


 私は下を向いて、黙った。お仕えしただけではない、それ以上の気持ちを姫に抱いていることを、バレるわけにはいかない。


「ふむ。其方と話ができておらぬと、三日後まで待つ。それまでに引き受ける心づもりを整えよ」


 団長の心遣いをありがたく受け取り、私は三日間の猶予をもらった。期日までは休暇を取り、話ができていないことの体裁を整える。つまりは部屋に閉じこもっていろということだ。

 私は自室に帰ると、枯れてしまったピンクの花を、庭で摘んできたものと交換しながら、護衛騎士への打診について思考を巡らせた。

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