(九章)それに勝るは、最強魔法使いでした
「なんじゃ、人間か?」
リリアの雷撃を、素手で雑に弾いて、雲に穴を開けたタヌマヌシが、どしんっと大地に着地したところで下の様子に気付く。
が、彼は途端に「なんだくだらん」と視線をリリアへ戻した。
「人間なぞ放っておけ。さぁ、力勝負じゃ!」
それを聞いたアサギが、またしても尻尾にダメージを喰らって騒ぐ狐の前で、全く気にせず「おや?」と首を捻って言う。
「あのバカ大狸、目的忘れてない?」
「アサギ様ぁ! お、おおお恐らくあれは、『力比べのお山の大狸』の種類かと!」
「うわー。めっちゃ面倒な化け狸にあたったなぁ」
そんな会話が交わされるかたわら、リリアの方からプチンッと音が上がった。
自分を見て、ガタガタ震え上がる人達の反応は、正直ショックだった。リリアは、ギッと怒った涙目をタヌマヌシへと向ける。
「こうなったら、焦げっ焦げにして、毛ぇむしって一通り発散したうえで、奥さんのところに引っ張って帰してくれる!」
「だ・か・ら、妻に教えるのはダメだって! なんでこんなにも口悪くて凶暴な仔狐なの!? お前のパパをここに連れて来なさいっ、説教するから!」
「させるわけないでしょうが!」
二頭の膨大な妖力が膨れ上がり、風と雷の嵐を起こした。ぶつかり合うまで、数秒――。
その時、荒れ狂うリリアとタヌマヌシの真上に、巨大な複合魔法陣が展開された。
膨大な魔力量だ。それを体でゾクンッと察知した瞬間、リリアとタヌマヌシは、咄嗟に揃ってまばゆい光を見上げていた。
「何コレ――――っ!?」
「なんっじゃこのバカデカい力は!?」
こんなのが降ってきたら、ちょっとの怪我では済まない。
危機感を覚えた二頭の動きが、反射的に止まった。
その瞬間、地上から一人の人間が浮遊魔法陣を足元に〝飛んで〟きて、リリアとタヌマヌシの間に立った。
それは『最強の魔法使い』の正装姿に身を包んだ、サイラスだった。突如として現れ、飛んで来た彼が、二人の間に割って入った。
「そちらにいるのは、大妖怪にして『力の狸神』の一つに数えられている〝タヌマ之山ノ大ヌシ〟だろう! どうか怒りをお鎮め頂きたい!」
「うっ、くそっ、ピンポイントで名前での鎮静魔法っ、そのうえなんだこの人間の魔力量は……!?」
「それからリリア! お前も妖力を抑えろ! 森の結界が揺れているだろう!」
「ぅえ!? あっ、はい!」
続いてサイラスに怒鳴られ時、声に乗せられた魔力がガツンっと額にあたった。強烈な殴打を受けたみたいにくらくらした調子に、リリアも我に返り、妖力の放出を抑えた。
途端に、一帯の想像しさが鎮まった。
タヌマヌシが、「久々に痛かった」と額をもみ込む。同じく、少し目がチカチカしたリリアは、くそぅと頭を振って、前足で額あたりをぎゅむぎゅむと押した。
「相変わらずバカ力な魔力なんだから……」
そう愚痴っていたら、魔法陣に乗ったサイラスが向かってきた。
「バカなのはどっちだ。自分の妖力量を考えろ!」
今度は面と向かって怒鳴られ、リリアはビクーンッとした。
その直後、当たり前に話しかけられていることに、リリアはハタと気付いた。思わず今の自分と、そしてサイラスを忙しなく見比べる。
「あの、私は今、令嬢どころか大人ですら悲鳴を上げる、大きな妖狐の姿をしているはずなんだけど……」
「それがなんだ?」
「えっ。いや、だって、あの、普通はもっとこう、他に何かあるんじゃないかと……」
サイラスは、言えば言うほど顔を顰めてくる。
リリアは途端に自信がなくなって、声もごにょごにょと小さくなった。ここは驚くか怯えるかドン引くか、それなりに少しくらい反応するところなのではないのか?
「しかも、よく私本人だと分かったわね……?」
「リリアはリリアだろ」
「へ?」
気のせいか、その言葉がすっと耳に入ってきて、なんだかとても身体が軽くなった。
少し前に感じた、胸に突き刺さったような何かの痛みも、サイラスの言葉で全部吹き飛んでリリアは忘れた。
「ハッ――じやなくって、そういえばなんで大量の人を連れてきてんの!?」
リリアは、令嬢どころか大人、と自分で口にしたことでを思い出した。
慌てて確認してみれば、彼らは悲鳴を上げる気力さえ奪われたような泣きっ面だった。こちらをピンポイントで見つめたまま、静かにガタガタと震えている。
「可哀そうじゃないっ、というかホントなんで連れてきたのよ!」
「お前に謝らせようと思ったからだよ!」
……ん?
サイラスの返答の内容が、すぐに理解できなかった。
「謝らせる? 何が?」
「派閥単位での、数々の嫌がらせだ。しっかり責任を取れと、昨日説得した連中にも改めて身に刻んでもらおうと、全員まとめて連れてきて――」
と、早口で言ったサイラスが、そこでハッとした。
急ぎポケットを探ったかと思ったら、一枚の紙を突き出してくる。
「そんなことより! これだっ」
掲げて見せられたそれは、リリアが昨日書いた、婚約破棄を希望する手紙だった。
しばし、場に沈黙が漂った。
「え。待って。大きな狐と狸でこんな大騒ぎなことになってるのに、『そんなこと』?」
「俺にはこっちが一番重要だ! 婚約解消の危機だぞ!」
「いや、あんた何言ってんのよ。ちょっと落ち着きなさいよ」
「これで落ち着いていられるかっ。お前が泣いていたと、郵便の配達所から知らせもあって――目撃情報から、あの令嬢に何かを言われただろうことが推測された。それで、関係がありそうな全員を魔法で強制召喚して、二度とちょっかいを出すなと集めた場所を半壊させたうえで、こっちに連れて来たんだ!」
待って。こいつ、ほんとに何してんの?
リリアは、なんだか珍しいくらい感情的に言葉を吐き出しているサイラスを前に、呆気に取られた。つい、ポンッと人の姿に戻って落ち着かせにかかる。
「あの、ますますわけが分からなくなりそうだから、まずは深呼吸しましょう?」
その時、サイラスに手を両手で握られた。
びっくりしたリリアは、そのままずいっと顔を覗き込まれて首を竦める。
「俺を本気で止められるのはお前くらいで、お前を止められる魔法使いだって、俺だけだ」
「え? あ、うん、多分そうね。分かったから、少し落ち着いて」
その時、タヌマヌシがぶすっとした顔でリリア達を見た。ぶつぶつと愚痴るように独り言を口にする。
「一部の大妖怪なら、平気であの男は止められるんじゃないか?」
は~やれやれと、巨大な彼が頭をかく。
「人間共を説得するには、いいタイミングにもなったわけか」
そう呟いたタヌマヌシに、黒狐姿でふわりと寄ったアサギが相槌を打つ。
「それは同感です。ところで、あなたが騒いだおかげで〝オウカ姫のお気に入りの〟森の木々の葉が、少し散ってしまいました」
「うっ、そ、それはすまんかった。きちんと戻そう。専門の大妖怪が知り合いにいる」
「それは良かったです。では、旦那様にもそうお伝えしておきますので、ひとまずはお帰りを。ついでに、あの転移魔法が働き続けて身動きが取れないでいる〝人間共〟を、魔法をひっくり返して、元の位置に戻してきてください。化け大狸のあなた様なら、できますでしょう」
人間の魔法を、ひっくり返しもする〝化かし〟の術の持ち主。
アサギから、捕食者の視線でじっと見据えられたタヌマヌシが、たじろいで一歩下がった。
「ここの執事狐は、なんかしっかりしすぎて怖いな……」
うちとは大違いだと、タヌマヌシはぼやいた。
その一方、空の上では、リリアがサイラスに手を握られたままでいた。
リリアは、手を包む高い体温にじわじわと赤面し出していた。
十二歳の時、とうとう握手さえ交わさなかった。社交で居合わせても同じだったのに、今、彼と、触れている。
巨大な転移魔法は稼働中で、浮遊魔法を展開していもいる。
それなのに、魔力酔いなんて感じない。
「今は、魔力は一切抑えていない。あの未熟だった十二歳の時と同じく、完全解放状態だ」
まるで心でも読んだタイミングで、サイラスがそう言ってきた。
吐息も頬に触れるほど近い。リリアは心臓がはねて、恥ずかしくなってくる。もう見つめ返していられなくて俯くと、サイラスがもっと近付いてきた。
「俺の魔力が、手に馴染んでいるのが分かる――嫌な感じはあるか?」
「うっ、いや、ないけど……」
そんなに優しい感じで、確認しないで欲しい。狐達が後始末で動き出す中、タヌマヌシが転移魔法陣ごと人間達と共に消える。
どんどんサイラスの吐息が、近くなっていくのを感じたリリアは、限界がきて恥ずかしさのあまり叫んだ。
「ひ、ひとまず降りたいです!」
すると、サイラスの頭の上を、ポコンッと狐の前足が叩いた。
そこにいたのは、黒狐のアサギだった。
「話をするなら、場所を移動してやってください。姫様を恥ずかしがらせたいんですかバカ王子。それと、妖力の影響を受けた場所の修復作業に、邪魔です」
つまり手紙のことについても、ひとまず話せということだろう。
とすると、すぐには父の方にも報告しないでいてくれるらしい。アサギが言いたいことを察したリリアとサイラスは、森の方へといったん向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます