(六章)まさかの護衛騎士様と(1)
コンラッドの方から、挨拶の声がぎこちなく上がった次の瞬間、リリアの体から溢れ出していた放電がピタリと止まる。
昨日に続いて、まさかそこにいるとは思っていなかった。
え、なんでまたここにいるの?
学院に通っているのは十代の男女と、そして講師だけのはずだ。そうぐるぐると考えている間にも、遠くから様子を窺っていた令嬢令息達が、「おぉ」と声を上げた。
「さすが、殿下の護衛騎士様」
「というかさ、あの半妖令嬢の反応……」
「本気で恋しているんじゃ……?」
周りから、そう疑う囁き声も聞こえてきた。本当に好みの男性なのではないかと、そんな話もチラチラ出始めて、リリアは途端にぶわぁっと頬を染めた。
「えぇと、昨日はごめんなさいっ」
なんだか無性に恥ずかしくなってきて、見つめ合っているのにいたたまれず、焦ってあわあわと言葉を切り出した。
「あのっ、そもそも『好み』だとかなんとかいうのが誤解なんです。狸のあの子は、実はあやしで、色々と暴走して、勝手に動いちゃったというか」
口にすればするほど、我ながら言い訳じみて聞こえてくる。
リリアは、どんどん歩み寄ってくる『騎士様』に耳まで真っ赤にした。慌てて述べている彼女を、フィンが足元から「えぇぇ」と見上げている。
とうとう、彼が目の前にきてしまった。
見ればみるほど、小説の表紙や押絵のヒーローを彷彿とさせた。読んでいた際の妄想のまま出てきたような男性で、リリアはもう頭の中がパンク寸前になった。
「わ、わわわ私っ、実在の人物に決して胸焦がしていたわけじゃないんです――っ!」
パニックになったリリアの口から、とんでもない言葉が言い放たれた。
瞬間、見守っていた者達が「ん……?」と冷静な面持ちになった。あれ、もしや、と視線を交わし合った彼らの目が、ふと、お供だという狐にいく。
ぴんっときたフィンが、賢さ全面押しでシュパッと右前足を上げた。
「『れんあいぼん』というやらです!」
直後、全員の意識がそちらに向いて、別の意味でざわっとなった。
顔に熱が集まったリリアは、そんなことも聞こえていない。うわああああごめんなさいとなぜか謝る始末で、そんな彼女にひとまず彼は慎重に声をかける。
「その、はい、何かご事情があるんだろうなというのは、分かっていますから。だから少し落ち着きましょう。ね?」
この騎士様、めちゃくちゃいい人……。
顔良し性格良し。近くで見ると、しっかり鍛えられていて筋肉もある。リリアは、つい余計なキュンポイントまでガッツリ見て、気付けば差し出されていた手を取っていた。
案外素直だ。そう言わんばかりに、彼が続いてにこっと笑う。
「少し場所を移動しましょうか」
「は、はい」
それでいて、スマートに気を利かして助けてくれるところも、また素敵な騎士だ。
リリアは手を引かれるまま、フィンと共にその場を後にした。
向かったのは、近くにあった中庭の一角だった。学院の本建物の外廊下に沿っていて、背の高い緑で遮られている。
授業の合間の、ちょっとした休憩時間によく利用する場所だ。
「こうしてお話しするのは初めてですね。僕は、第二王子殿下、サイラス様の護衛騎士コンラッドと申します」
お互い、ベンチの端と端に腰掛けたところで名乗られた。
やはりサイラスの騎士であったらしい。そうすると、こちらの存在は前から知っていたのだろう。リリアはそう考えながら、遅れて簡単に自己紹介を返した。
狐のフィンが、近くに座って見守っている。
リリアが名乗った後、コンラッドは追って何も言ってこなかった。でも、それは気遣っているのであって、本当は説明を求められているのだろうというのを、リリアは彼の視線に感じた。
「あの、実は――」
騒がせた反省を抱いていたので、俯くと、ぼそぼそと事実を打ち明けた。
化け狸との経緯では、サイラスも最後は関わったと知って、少し目を丸くされた。しかし昨日の一件については、なんとなく察していたようだ。
リリが密かに楽しんでいる読書趣味について、コンラッドは驚きを見せなかった。恥ずかしいのなら自分の胸に留めておこう、とまで約束してくれた。
「バカ王子とは大違いだわ……」
つい、リリアは優しさに感動して言った。
「あの、殿下も笑ったりしないと思うのですが……嗜みとしては、一般的かと」
「ううん、絶対にバカにして笑うに違いないわっ」
女の子らしいところを可愛い、なんて思われることも想定せず、リリアはそう言ってのけた。フィンが欠伸を一つもらしたところで、ふと思い出す。
「そういえば、騎士様は『アグスティーナ』というお名前の令嬢をご存知ですか?」
あの令嬢達が、はじめ口にしていた名前だ。それでいて去り際、あのリーダーらしい美少女が、その本人であるらしいと気付いた。
「『騎士様』って……どうぞ『コンラッド』とお呼びください」
やや肩を落としたコンラッドが、気を取り直すように顎に手をあてて考える。
「僕がくる直前まで、話していたんですよね。確か、教えてくれた生徒が、そう口にしていましたから」
話していたというか、一方的に色々嫌味を言われただけの気がするけれど……。
そんなリリアの心境を察知したのか、コンラッドが「うっ」と思案の言葉も詰まらせて、深刻そうな顔をした。
「もしかして、何か言われました……?」
「あ、いえ、別に。そこまでたいしたことは、何も」
「言い方に棘がありますね……。実はアグスティーナ嬢は、ここ数年、殿下のお相手の候補として、高く支持を受けている公爵令嬢なのです」
なるほど、それで『あなたは相応しくない』などと言われるわけか。
敵意をいっぱい向けられたのは、そのためであったらしい。確かに、思い返してみると美しさと教養に溢れ、正当な婚約者候補と言われても全く違和感はない。
「うん。王宮でがんがんやっていけそうな、腹黒さを感じたわ」
リリアは、そこで納得した。フィンが「確かに―」と、呑気な相槌を打った。
そこで納得されてしまうと複雑だ。しばし黙り込んだコンラッドが、控えめながら咳払いをして述べる。
「お嬢様もご存知かと思いますが、殿下は生まれながら強い魔力を持っておられました。そのため、近付ける者もほとんどいませんでした」
「魔力にあてられて、耐性がない人間だと失神してしまうんでしょう?」
「そうです。しかしここ最近は、ある程度は抑えられるまでになっています」
「えっ、そうなの?」
「はい。滅多に失神級の魔力酔いは起こしません。そのことも要因していますが、アグスティーナ嬢は魔法使いも輩出している家系の娘で、どの令嬢よりも耐性があるのです」
家柄もよく、教養もある。
そう続く説明を聞きながら、リリアはふと気付く。
「ああ。それで『彼女こそ相応しい人』とでも言われているわけね」
これまでの社交でも、着実に支持と支援をもらいながら、貴族の妻として相応しい下積みまで行っている令嬢。
そんな相手に、そもそも対抗されるような立場ではない。
はじめから恋愛やら結婚に関して、リリアには勝ち目がないのだ。
――田舎貴族だけれど伯爵令嬢。しかし、リリアは〝半分人外〟である。
「私、結婚なんてしないのにね」
ぽつりとリリアの呟きが落とされた時、フィンがぎょっと目を向けた。
「この婚約も、ただの政治的な理由でされているだけで。……あと数ヶ月後には、みんな気付くんだわ。誰にも望まれていない子なんだって」
言葉を出したリリアは、一緒にぽろぽろと涙までこぼしてしまっていた。
かなり意外だったようだ。フィンだけでなく、コンラッドも大変驚いた様子で、半ば腰を上げる。
「ど、どうしたんですか? なぜ泣くんですか」
慌てたようにハンカチで、頬に伝う涙を拭われる。
どうして、こんなところで泣いてしまったのか分からない。でも、実感して、それを言葉に出してしまった途端に、昔からの涙腺の弱さが出てしまったのだ。
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