六章 まさかの理想の騎士様(2)

 リリアは、めでたい日ゆえか、やけにテンションが高いカマルを見下ろした。パッと思い付くことだってなく、頭の狐耳をやや落として困り込んだ。


「必要ないわよ」


 注目が集まっているのに気付いて、そう答えた。


 カマルは「えぇぇ」と納得いかない様子だ。


「あ。なら、姫様の恋のお助け、とかは?」


 カマルの方が、パッと思い付いた様子で提案してきた。


 そんなに簡単なことであれば、悩んでいない。騒ぎを聞き付けた他の生徒達も、移動がてら立ち寄ってくる中、リリアは犬歯を覗かせて強めに返した。


「私は、立派な大妖怪になるの! だから、結婚なんてしないんだからっ」


 それを耳にした近くの令嬢令息らが、「え」と困惑を漂わせた。


 カマルは焦って、そちらにも気が回らないまま、おろおろとリリアを宥めにかかった。


「ご事情はちゃんと覚えてますっ。ただ、えっと、協力してもらったおわびです!」

「別に、おわびなんていらないわよ」

「そこをなんとか!」

「どんな言い分? だから、して欲しいことなんて、ないんだってば」


 リリアは、これで話は終わり、といわんばかりにプラチナブロンドの髪を払った。


 だが、カマルは諦めなかった。彼女が歩き出す前にと、あわあわとその場でぐるぐる歩き回って必死に考える。一部の生徒達が、また新たに悶絶していた。


 その時、彼が閃いた顔で「あ!」と大きな声を上げた。


「相手が人間がいいというのなら、姫様の好みな人間の男を捜してあげますから!」


 くるりと振り返ったカマルが、『任せてください』的な仕草をする。


「え」


 リリアは嫌な予感がした。そもそも、自分が恋愛小説を読んでうっとりしているだとか、憧れのシチュエーションを楽しんでいるだとか、絶対に知られたくないことで――。


 そう思っていると、唐突にカマルが動き出した。


 とことこと小走りで移動するのを見て、リリアは慌てた。


「あっ、ちょっと待って!」


 焦って声をかけるも間に合わなかった。パッとどこかへ目を留めたかと思ったら、カマルがピンときた様子で、人混みの中に勢いよく突っ込んだ。


 驚きの声が上がった。「意外ともふもふ」やら、「たぬきがーっ」やら、「近くでみると大変可愛いですわっ」やら、一気に騒がしくなる。


「カ、カマル、いいから戻ってきなさいっ」


 さーっと青い顔をして、リリアはどうにか収拾せねばと声を投げた。


 その時、沢山の人がいる中から「うわっ」と声が上がった。


「君、一体なんですか!?」

「ははっ、いいからいいから」


 そんなカマルの声が聞こえたかと思ったら、人々の間から「よいしょ」と彼の丸いボディが出してきた。


 その小さい右前足で、堂々と一人の男の手を捕まえている。身長差があまりにもありすぎて、その人は前屈みになってしまっていた。


「ほらっ、姫様が好みだと口にしていた『正統派騎士』! それでいて『性格良さそう』『爽やかで優しい気配のイケメン』です!」


 ざわっ、と途端に周囲一帯が困惑に包まれた。


「え、正統派の……なんだって?」

「好み?」

「つうかあれ、コンラッド様じゃ――」


 と、カマルが引っ張ってきた男性が、不意に顔を上げた。


 リリアはバチッと目が合った。しかし、同時に、割れた人垣の向こうにサイラスの姿があることに気付いた。


 ……あれ? これってもしかして、あいつの護衛騎士じゃない?


 リリアは、その正装の騎士服を目に留めて冷や汗を覚えた。気のせいでなければ、その衣装にされている上品な刺繍の柄は『第二王子』の所属紋だ。


 ――だが、それよりも、直後にやはり顔へ意識が戻っていた。


 カマルが連れてきたその人は、確かに小説の絵と雰囲気がとても似ていた。優しげな印象の端整な顔立ち、疑問符いっぱいの表情も、すごくハンサムで……。


 正面からガン見した次の瞬間、リリアはかーっと赤面した。


 嘘でしょ。現実に、妄想していたあのイケメン騎士様がいるだなんて!


 リリアは、ついよろけてしまった。もう彼に見られているだけで無性に恥ずかしくなってきて、頭の中は妄想と現実でこんがらがった。


「あの、その、違うんです。私、そのあやかしの子を、止めようとして」


 普段の口調はどこへ行ったのか。リリアは、すっかり大人しい娘のように、しどろもどろに言った。


 でも、言葉はそこで途切れてしまう。


 サイラスが「は」と呆気に取られた声を上げた。それを耳にした瞬間、リリアはみんなに見られていることを猛烈に意識して、気付いた時にはカマルを抱えて空を飛んで逃げ出していた。

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