六章 まさかの理想の騎士様(1)

 翌日、リリアはめでたくも学院復帰となった。昨日中、様子をみていたものの、クシャミの拍子などの放電も確認されなかった。


 放電期、無事、終了である。


 アサギの手配で、休んでいる間分の、授業の資料をもらったのは助かった。それくらいで遅れませいよと教授にぼそぼそ言われたものの、そんなわけあるはずがない。


「放電期のこと、あいつに笑われなかったのは良しとするけど。これで勉強の成績を落としたら、今度こそバカにされるわ。それは阻止するッ」


 昔から、勉強が苦手だったとは自覚している。今後のことも考えて、しっかり領地経営に必要な勉学分は頭に叩き込んでおかねば。


 しかしながらリリアは、それが第二王子の未来の妻に相応しい教養の一つ、だとはまるで考えていなかった。


 一週間以上も休んでいたせいか、久しぶりの学院でじろじろと見られた。


 頭の狐耳も目立っているのだろう。全く、人外差別も甚だしい。


「ふっ、アサギにも『大丈夫』って言って来たんだから、ここで心を乱して放電なんて、絶対にしないわよ」


 リリアは負けず嫌いに火が付いて、堂々と移動し授業を受けた。


『第二王子とは、婚約者同士うまくいっているのか?』

『さぁ、どうなんだろう……』


 ――そう、不仲説の揺らぎについて、こっそり交わされる噂は耳に入らない。


 講義の時間が終われば、遅れた分の授業内容を復習した。次の授業開始までには移動して、またしっかりと勉強に励む。


 本日の日程は、気付けばあっという間に終わってしまっていた。


 そんな中、リリアは通り過ぎようとした掲示板に「んん?」と目が吸い寄せられた。


「希望制の講座か……これ、私が休んでいた間の項目よね」


 これは、受けるべきか、受けないべきか。


 そんなことを、リリアは廊下で立ち止まって考える。しかし不意に、廊下の外側がにわかに騒がしくなった。


 女の子のびっくりした悲鳴も、遠くから聞こえてきた気がした。


 なんだろうと思って振り返った矢先、リリアは、「うわっ、なんだこれっ」とよける令息達の姿と――そして、泣きっ面のもふもふ狸の顔面が、目に飛び込んできた。


「姫様ぁ――――――っ! うぅ、こんなところにいたんですね! うわああああ人間の学校で広すぎて分かんないっ、もうすごく会いたかっです!」


 半ばバニックになったカマルが、狸姿のまま人間の言葉をぎゃんぎゃん言ってきた。


 喋る狸が出たと、周りの生徒達は大騒ぎしていた。しかも人間っぽい喜怒哀楽があって余計に怖い、とにかく可愛いやら不気味やらで怖い!と混乱している。


 リリアも突然のことで混乱した。


「うわあああぁぁ!?」


 真っ直ぐ自分のもとへ大ジャンプをしてきたカマル目掛けて、直後、驚きのあまり狙いを定めて放電していた。


 ずどーんっ、と一瞬眩しい光が放たれた。


 それがやんだのち、掲示板にぴったり背中を付けているリリアと、廊下に突っ伏しているもふもふ狸の姿があった。


 固唾を呑んでいた生徒達が、ゆっくりと後退し始める。


 と、またしても若干焦げたカマルが、よろよろと小さな右前足を上げた。


「ひ、姫様に、結婚のご報告を、しようかと、思いまして」


 それで律儀に自分を探しにきたらしい。


 恐らくは、アサギから学院にいるとでも伝えられたのだろう。でもリリアとしては、本当にまさか、ここにカマルが来るとは思っていなかったから驚いた。


「ご、ごめんなさいカマル。ここ、随分遠いけど、どうやってきたの? 私みたいに飛ぶ手段はないんでしょう?」

「化け狸の妖怪国の道を使いました!」


 話している間に回復したのか、カマルが、今度は元気良く挙手して答えてきた。


 そういえば、どこからでも引き寄せられると言っていた。そう考えると、妖怪国の地理的に端寄りだという化け狸の住処は、意外と便利だ。


 その様子を、廊下の外側から観察していた令嬢令息達が、小さくざわついた。


「やっぱり狸が喋っている……」

「しかも器用に前足も上げて返事をしている」

「なんか、ちょっと可愛い気がしますわ……」

「動物と、意思疎通が……?」


 何人かの生徒達が、幼い頃のトキメキでも思い出しかのような、ドキドキした表情で胸を押さえた。


 その一方、リリアもまた、びっくりしてドクドクしている胸を押さえていた。少し落ち着いたのち、カマルが「よいしょ」と後ろ足で立ち上がったタイミングで尋ねる。


「でもそれ、帰ってからでも良かったんじゃないの?」


 正直な疑問を口にした。アサギだって、リリアのスケジュールを知っている。恐らく、日中には戻れることを伝えてあっただろう。


 するとカマルが、妖術で体の焦げ跡を消して、ふんふん興奮した鼻息をやりながら言う。


「いいえ! すぐにでもお会いしたかったのですっ」


 得意気に胸を張って彼が答えた。もふもふの狸が、両足で立っている姿に、廊下の向こうで何人かの生徒が「ぐはっ」「胸にきた!」と崩れ落ちていた。


 ……あそこの子達、ある意味大丈夫かしら。


 気付いたリリアは、ふと心配になった。ぶんぶん短い狸の手を振ってくるカマルに目を戻してみると、彼が意気揚々と述べてくる。


「実は、彼女と新居の住処探しに出るのです。今、メイは父親のもとで荷造りをしておりまして。あと少しで、旅立たなければなりません。ですから、時間がないので今すぐ恩返しをさせてください!」


 そんな押し付け恩返し、聞いたことない。

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