(四章)お散歩にて、もふもふの突撃(1)

 ひとまず、ようやく久々の外出をしてみることにした。


 余分に妖力が余っているのを感じて、ふわりと窓から外に出る。いったん狐の姿に戻ってアサギもついてきた。


「旦那様には、あと一日は大人しくすることを伝えてありますので、散歩も近場でしましょう」

「うん、分かってるわ。へたに雷撃を落としたくないし。畑にやっちゃったら、村の人達も悲しんじゃ――は、は、はっくちゅッ」

「うわっとぉ!?」


 どかーんっと雷撃が空気中に走り、アサギが人間の姿に変身して地上に降りた。そのまま落下した彼が、そこで見事にすちゃっと着地を決めた。


「姫様っ、見てましたか! 今の俺、めっちゃイケメン狐じゃありませんでした!?」


 ……真剣にそう尋ねられても、リリアは分からない。


「そもそもイケメン狐って、何?」


 原っぱに降り立ったアサギは、続いてぶんぶん手を振って歩きに誘ってくる。


 くしゃみをしたリリアは、鼻を擦りながら「相変わらずポジティブねぇ」と頭にある大きな狐耳を傾げた。



 地上へと降りて、久しぶりに草に触れる感触を楽しみながら歩いた。


 屋敷の敷地内にある原から、木々のある方へと進む。


 日差しが、きらきらと木の葉の間から降り注いでいて、綺麗だ。太陽の光は心地良く、まだまだ本格的な夏には遠い。


 ここはツヴァイツァーが、庭師と面倒を見ている異国の木の樹園だった。昔、助けた大妖怪からお礼に頂いたもので、大事にしていたレイド伯爵家であっという間に茂ったのだとか。


 春になると、桃色の花をたくさん付ける立派な木だった。


 リリアの母であるオウカ姫も、とても馴染みのある異国の花なのだとか。


「景色に誘われて、この木に腰掛けていたところを、旦那様に見られたのですよ」

「それ、何度も聞いたわ。『異国の天女がいる!』が、父様の第一声だったんでしょ? 母様、びっくりしたって言ってたもの」

「ははは、旦那様ってほんとおバカですよねー。というかオウカ姫も、びっくりしたんじゃなくって、一目惚れで動けなかっただけなんですよー」


 アサギが、けろっとしてプライベート事情を暴露する。


 リリアは、惚れた、と母が言っていたのを思い出す。言葉を交わしていた時には、もう好きだった、だから言葉を交わし続けたのだと。


 当時、幼かったリリアには、ちょっと難しかった。


 でも、もっと話していたい、という気持ちだったんだろうなと、恋愛に憧れるようになってから思うようになった。


「母様、次にこっちに来られるのは、秋頃くらいかしらね」

「妖力の影響力を考えると、それくらいは待つかと思います。領地をみておられて、忙しくもされていますから。それがいったん落ち着いた頃合いで、じゃないですかね」


 そんなことを話しながら歩いていた。


 ふと、リリアは不自然な草音を聞いて足を止めた。動物かしらと目を向けると、そばからアサギが「いや、これは」と思案の呟きをもらした。


 その時だった。リリアの目の前に突如、丸々っとした狸が迫った。


「う、うっぎゃああああデブ狸のおバケ――――っ!?」

「どうか知恵をお貸しくださいませ天狐の姫様――――っ!」


 同時に、二人の叫びが上がった。


 その直後、ずどーんっ、と先程の比にならない雷撃が落ちた。


 ちゃっかり妖力でガードしたアサギのかたわら、「ぴぎゃっ」と可哀そうな悲鳴をこぼして、狸が吹き飛ぶ。


 ひゅーんっと空を舞ったそれが、べしょっと落ちた。


「あら、意外と小さい」


 覗き込んで、リリアはようやくそれが『大きなオバケではない』ことに気付いた。


 ぷすぷすと若干焦げているのは、丸いボディーをした、もふもふ狸だった。


「彼、なんか言ってましたね」


 アサギが、その狸をぞんざいに片手で鷲掴みにして、目の高さまで持ち上げた。こちらへと向けられると、ダメージ満載の悲壮な表情を浮かべた狸の顔があった。


「か、格上の妖狐の、俺への扱いがひどすぎる……兄さん、優しくするなら最初から最後まで優しくして……」

「そんな義理はありません」


 ザクっ、と掴んでいるアサギの爪が刺さった。


「痛い! 調子に乗ってすみませんでした!」

「ウチの可愛い仔狐に、許可もなく突進してくるとは何事ですか。あなたの住処、焼き払いますよ」

「ひぃえええええぇぇ、それでいて相変わらず格上の狐って容赦ねぇ! 弱肉強食を感じる!」


 人の言葉を話す狸が、ガタガタ震えた。


 確かに先程、何やら言っていたなと思い出していたので、リリアはまぁまぁとアサギを宥めた。彼が察して、彼女の視線の高さまで狸を下げる。


「でも鷲掴みのままなのね……」

「あやかし相手に遠慮はしません、図に乗られる前に、体に教え込みます」

「極端にひどいよ! あんた、狐に多いS体質なの!?」


 直後、狸の頭にアサギが拳骨を落とした。


「……妖狐の姫様に、知恵を貸して頂きたいのです」

「……………」


 アサギ、無言で『ひとまず話せ』ってやったわね……。


 リリアは、くすんっと鼻をすすった狸を前に思った。


「えーっと、なんでそれを私に……? 人間界育ちだし、あやかしから見ると、まだ十五年と数ヶ月の――」

「俺っ、妖狐の姫様みたいな力なんて持ってないんだよおおおぉぉっ!」

「ひぇ!?」


 いきなり、小さな前足でガシリと手を握られて、リリアはびっくりした。


 それをアサギが、冷徹な目で見ていた。


「お願い姫様協力してくださ――いったぁ!」


 アサギが、次はパコーンッといい音を立てて狸の頭を叩いた。


 その容赦のないツッコミという仕打ちは、大の大人が小動物をいじめているようにしか見えない。


 これでは話が進まない。リリアは、さすがにかわいそうにもなって、アサギから狸を解放させた。いったん話を聞くべく、その場で三人向かい合って座る。


「私の名前はリリアよ、こっちは執事で黒狐のアサギ。あなたは?」

「俺は、小妖怪の化け狸、カマルです」


 頭にたんこぶを二つ作った、もふもふで丸っとした狸、カマルがそう自己紹介した。


 カマルは、斜め前からじーっと自分を見続けているアサギに、ガタガタ震えていた。


「もう、俺を見る視線が、捕食者の目……」

「あなたも、数十年は生きた立派なあやかしでしょう。何を言っているんですか」

「俺は日々、面白おかしく食っちゃ寝で過ごしている小さなあやかしですよ……」


 それはそれで、誰かにとっては『羨ましい』とも思わせる生活だ。


 リリアは、ふわふわの狸の愛らしい空想を思い浮かべてしまった。ハッと我に返ると、オッホンと咳払いする。


「それで? 一体なんの協力なのよ? 言っておくけど、私はまだ十五歳の娘よ」

「けれどその妖力量、質、どれをとってもまさに大妖怪です」


 途端、カマルがピッと背筋を伸ばしてそう言った。……狸の姿なのだけれど、律儀に小さな足できちんと正座をしているのがすごい。


 またしても、小動物に癒されてリリアの気がそれる。そんなことにも気付かず、カマルが大絶賛を小さな両前足で示して続けた。


「もう格が違います。狐のお姿も、大変美しいです」


 そういえば、きちんとしたあやかしは、本来の姿も見えるらしい。


 リリアは、現在の自分の狐姿を、少し恥ずかしく思ってもいた。まだまだ小娘の自覚はあるのに、狐姿だとアサギよりも〝背が高い〟のだ。


「そ、そうかしら。怖くないの?」


 年頃なので、大きい、怖い、と言われないか気になる。


 するとカマルは、もふもふっとした体を揺らして「いーえ!」と力いっぱい言った。


「何をおっしゃいます、とても美しいですよ! いやはや、人型も大変お美しいです。しかも大妖怪! 身から溢れる品からも、俺らとは違っています」


 そう褒められたら、話を聞いてやろうという気になってしまう。純粋に尊敬され、褒められるのは悪くない。


「姫様は、それでいいんですか? まぁ俺は別にいいんですけどね。尊敬しちゃっている相手は、人間ではなく生粋のあやかしですが。あやかし視点で褒められまくってます」


 アサギが、同じく正座姿勢でスパッと口を挟んできた。


「いちいち思考に突っ込みを入れてこないで」


 リリアは、アサギにぴしゃりと言い返してから、カマルへ向き直った。

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