四章 半妖令嬢ともふもふ

             ◆


 薔薇園でのことを思い返すと、これまでの雷撃だけでなく、パンチやキックの一つも入らなかったことがだんだん腹も立ってきた。


 あんのクソ王子に負けてたまるか!


 そう心に決め、学院での授業も猛烈に打ち込み、帰ったらアサギに体術の特訓を受けた。令嬢のひそひそ話も「聞こえません」「いちいち相手にしません」で、つーんっとやり過ごした。


 ――のだが、それは一週間で終了になってしまった。


「もおおおぉぉっ、なんで放電期に入るの!?」


 一日、学院を休んで様子を見たのだが、今回、ずっとパリパリと雷が体の上ではね続けていた。おかげで父にハグできないのが、大変つらい。


「姫様、すっかり抱きつき癖ができてしまっていますもんねぇ」

「うわああああああんっ、うるさいバカ!」


 ベッドでリリアが叫んだ途端、ドカンっと放電して部屋中に雷が走った。


 父のツヴァイツァーが、慣れたようにひょいとよける。看病にあたっていた使用人達が「うぎゃっ」と素早く身を伏せた。


 派手な自分の放電を目の当たりにして、リリアは「うぅっ」と涙ぐむ。


 リリアとしては、一度だってあたったことがない、と言ってのけたサイラスの高笑いが脳裏を過ぎっていた。


 全然、妖力をコントロールできていない。おかげで、ますますショックは大きかった。休んだ理由が学院に伝えられたら、絶対バカにされる。


「今回は熱も出ていますし、精神的にも弱っているみたいですねぇ。すみませんでした、抱き着き癖も、仔狐の温もりを求める習性ですから、気になさらないでください」

「風邪なんて引いたこともないのにーっ」

「成長熱です。くしゃみが出て放電して、咳で妖力が飛んで雷が走って、感情に反応にして全部放電しちゃうだけなので、風邪ではないです」


 アサギの言葉は、全くフォローになっていなかった。


 その症状を聞くに、人間でいうところの風邪と同じじゃないか。リリアもツヴァイツァー達も、そう思った。


 今回の放電期は、段々と増す妖力のせいで強く出てしまっていた。妖狐の成長期のタイミングで、ぐんっと量が増えてしまったことで、熱もある。


「放電は二、三日で落ち着くと思いますが、念のため、一週間はお休みをとった方がいいでしょう」

「一週間!?」


 ベッドに座り込んでいたリリアの頭で、ふわふわの狐耳がビョッと立った。


「だって姫様、周りの学院生は、全員ただの人間ですよ? もしクシャミ級のこの放電を受けたとしたら、最悪、心臓が止まります」

「うっ、で、でも、領地経営関係の授業が、いくつか入っているの」

「学院に連絡して、その分の講座資料を取り寄せますよ」


 本当は、休むこと自体が嫌なのだ。リリアは、ナイスな返しをしてきた優秀な執事アサギを前に、言い訳が続かず困った。


 十三歳で学院通いが始まってから、たびたび成長期のこういった事情でお休みをしていた。けれど、どれも一日、二日で済んでいた。


 それなのに、今回は一週間も?


 学院の令嬢達に、逃げたと思われたくない。サイラスに休みの理由を知られて、こけおろされて馬鹿にされたくない……。


「リリア、俺の可愛いリリー。アサギの言う通りにしなさい」


 そばに来たツヴァイツァーに、愛情深く名前を呼ばれて、熱で弱っているリリアはつい金色の目をうるっとさせた。


「でも、父様」

「風邪みたいなものなら、体調を考えて休んでおいた方がいい。俺の可愛いリリアが、遠い学院で突然倒れでもしたら、心配だよ」

「ははは、ばったばった倒れるのは、周りの人間共だと思いますけどね~」


 今回の派手な放電期、身体を張って対応しているアサギが素直に感想を述べる。


 昨日から、彼は何度もリリアの妖力に吹き飛ばされ、宙を舞っていた。他の人にいかないよう、身体を張って雷撃をまともに食らったのも、ある。


「姫様の妖力が桁違いのせいで、放電威力も増し増しですが、発生時に小屋の一個が吹き飛んだだけで今のところ死傷者も無し! 俺、実に素晴らしい働きっぷりじゃないですか」


 はっはっはーと、アサギが誇らしげに胸を張ってそう言った。


 使用人達、そして体調に考慮した食事を運んできた給仕とコック達が、揃ってアサギを見た。


「わたくし達としては、アサギ様が毎度生還されているのが、不思議ですわ」

「俺、初めて見た時は『あ、死んだな』て思いましたもん」

「普通だったら大怪我ものだと思う」

「アサギは昔からそうだよ。無駄に打たれ強い」


 屋敷の者達の会話を聞いて、ツヴァイツァーが口を挟んだ。リリアと使用人達は、普段から彼に「テンメェええええええ!」とぶっ飛ばされているアサギを思い返した。


 リリアは、その拍子に涙も引っ込んだ。


「なるほど。納得だわ」

「え、姫様、何を納得されたんです?」


 鼻をずびっとやったリリアの小さな放電を、ぺぺっぺんっと手で器用に防いだアサギが、不思議そうな顔をした。


 それから三日、消灯した寝室が一晩中明るくてかなわない、という日々が続いた。


 自室に閉じこもったリリアは、大変不自由で苛々した。


 でも、この威力だと、みんなを怪我させてしまうと思ったら寝室からも出られなかった。大丈夫よと強がりは言ったものの、寂しくてこっそりベッドの中で涙した。


「姫様、また泣いているんですか?」


 深夜だというのに、そんな時はひょっこりアサギが現われた。


「……私のそばにいると、バチバチってきちゃうわよ」

「ははは、仔狐に引っ掻かれたくらいですよ」

「でも」


 言い掛けた時、大きな手が、ぽふっとリリアの頭に置かれた。


 温もりが、じんわりと広がった。


「俺は、大丈夫です」


 優しいアサギの声がした。顔は見えなかったけれど、彼がとても穏やかな表情を浮かべているだろうことが、リリアには分かった。


「俺は大丈夫ですよ、姫様」

「……うん」

「ほら、また泣いちゃってます。朝になったら、きっと、もう落ち着いていますよ。そうしたら、旦那様にも触れますから」

「……ぐすっ……うん、ありがとう、アサギ」


 やんちゃで強い女の子。でも、本当は昔から温もりがないと寂しがって、ちょっと涙を浮かべるところもあった。


 だから、王都にいると、もっとずっと寂しくなってしまうのだ。


「姫様が寝るまで、そばにいますからね」


 そんなアサギの声が聞こえた時、リリアは安心して眠っていた。



 その翌日、片時も止まることなく続いていた放電が収まった。相変わらずクシャミなどで雷撃が出てしまうが、ずっとバリバリしていないのが嬉しい。


 朝に顔を出してくれたツヴァイツァーも、とても喜んでくれた。


 熱も下がったので、あとはいつもの放電期の症状が落ち着けばオーケーだ。


「旦那様も、お嬢様不足で挙動不審でしたからねぇ」


 ……私不足って、何?


 そう聞いたリリアは、湯浴みを手伝ったくれたメイド達を、困惑した顔で見送ってしまった。身支度を整えたものの、身体に気だるさもあってベッドに座っていた。


 すると、彼女達が出て行ったのを一緒に見送ったところで、残ったアサギが肩を揺らして小さく笑った。


「ふっふっふ~、それと同じことが、学院の方でも起こっていそうですけどねぇ」

「突然何よ?」

「いえいえ。ほら、今日でお休みも四日目。姫様がこんなに自宅にいるのって、王都に行き出してからも初めてじゃないですか?」


 唐突に改めてそう確認され、リリアは狐耳ごと傾げて考える。


「そうね。授業が長くない時は、父様の社交に付き合ったりしていたし。それがどうしたの?」

「いやぁ、なんとも予想外の、まさかのことになっているようで? ま、俺はどっちでも幸せになる方なら構いませんけど? むっふふふ、思い返すと何度でも笑えます。あの悔しそうな顔! 狐の性分としては、おちょくった感もあってすごく面白いわけです」


 聞いてもよく分からなかった。

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