(一章)お見合いの手紙、くる(2)

 ツヴァイツァーが、訝しげにアサギを見た。


「どうしてわざわざ、リリアの姿を教えるようなことを?」

「今のところ、姫様のことを知っているのはウチの領民くらいですし。外を行き来する際、彼らは多分『可愛らしい子』『普通の子』と話していると思うんですよ」

「まぁ、そうだろうな。ウチの子、ちょー可愛いし」

「ウチの仔狐は、最高に可愛いです」


 うんうんと、アサギがそこには同意する。


「そうすると、国王達は狐耳があるのを知らないで、第二王子を〝説得している〟可能性は考えられませんか?」


 そう促されて、確かにとリリアと父は思う。


「当の殿下が、もし生粋の人外嫌い思考だったとして、もし姫様のチャームポイントを目の当たりにしたら、やっぱり無理だと断る可能性を期待したのですよ――いかがですか?」


 話したアサギと、ツヴァイツァーの目が同時に向く。リリアもつられて、自分の頭の上にある狐の耳へと意識が向いた。


 しばし、考える間が置かれた。


 リリアの獣耳が、ぴこぴこっと動いた。


 その途端、ツヴァイツァーが、だらしなく笑って彼女の頭を撫でくりした。


「俺のリリアは、ほんと可愛いなぁ」

「ふふっ、私、父様に撫で撫でされるの好きよ!」

「リリアッ、俺もリリアが大好きだよ! さぁパパが抱っこして――いってぇ!」


 直後、アサギが素早く頭を叩いて、ツヴァイツァーを止めた。


「旦那様、真面目な話なんで、続けていいっすかね」


 その『旦那様』の頭を堂々と殴ったアサギが、やれやれと殴った拳を解く。ツヴァイツァーが、娘には向けないような目をギロリと向けた。


「てんめぇこのクソ狐、俺に毛ぇむしられたいらしいな!」

「はいはい、落ち着いてください、今はこの手紙への返事ですよ」


 どうどう、と獣でも落ち着けるみたいにアサギが宥める。


「たとえばですね、『妖力が強い』『最近は狙いをつけて雷撃を落とせる』、『仔狐とはいえ噛みつくぐらいに牙もある』とか、とにかく向こうに不利だと思わせるようなことも書くのはどうでしょうか」


 あ、とリリアは察して挙手した。


 そこでアサギの説明が、ぴたりと途切れる。しばし見つめる彼と、ツヴァイツァーと、そして視線を返すリリアの間に沈黙が漂った。


「なんですか姫様。こういう時だけ可愛い感じで主張押し付けてくるとは、さすがです」

「そこまで印象が悪かったら、あやかし嫌いだと断ってきそうだものねっ」


 名案である気がして、リリアのくりくりとしたつぶらな瞳は、期待に輝いていた。


「その通りです。それにもかかわらず、引き続き婚約の話をしつこくしてくる場合は、もう確実に国王側の事情か、政治絡みのための婚約とみていい」


 そのアサギの言葉に、不意にツヴァイツァーの表情が引き締まる。


「政治の道具に使わせてたまるか。俺とオウカの、可愛い可愛い娘だ」

「強制はできないとはいえ、旦那様は人間ですから色々と難しい部分もありますでしょう。ですから、我々があなた様を全力で支えます」


 普段、茶化すことが多いアサギが、真剣な目で執事らしい姿勢を取って述べた。


「旦那様が、この国で暮らす貴族であるのも考え、まずは慎重に探ることをアドバイスさせて頂きます。今回返す手紙で、ひとまずは様子見しましょう。その際、旦那様が持つ権力もしっかり明記して頂いて、こちらを優位に立たせることも忘れずに」

「つまり、『俺も妖怪領の領民達も、互いが望まないような結婚をリリアにさせるつもりはない』と書けばいいのか?」

「その通りです。貴族としての婚約は人間のルールに従っても、結婚は別です。我々あやかしは、感情に逆らう結婚は認めていない」


 アサギの妖狐の目が、殺気にも似た冷たさを帯びる。


 それはレイド伯爵家もそうだった。妖怪国に友だと認められて以降も、代々が恋愛結婚をしてきた。たびたびそれを妖怪領の民達も協力した。


「そうだな。見合いの話で一番心配だったのは、結婚についてだ。無理やり結婚させられる懸念を払えれば、俺としても安心だ」

「旦那様の立場も考慮したうえで、どうしても婚約という道が断れなかった場合、いったん婚約をさせて、他からの縁談話を黙らせる手もあります」

「うーん、今後増えるのかなぁ」

「増えるでしょうね。第二王子がだめだったら、他の国王親族がわらわら出てくるんじゃないですか? ――ただ、仮の婚約をする場合は、しっかり考えないとリスクがありますよ」


 アサギが、間延びしたような声を装いつつ、ピリピリした雰囲気で続けた。


「旦那様は違いますが、人間の貴族って汚いでしょう? 婚約を解消できず、そのまま〝無理強いで体を結ばせられて〟強制的に結婚させられるパターンになったら最悪ですよ。それが、たんに姫様の妖力目的で、魔力の強い子供が欲しいとかいう、クソくだらない理由だったのなら、俺は、相手の一族を含めて関係者もろとも全員殺しますよ」


 リリアは、一部話が理解できなかった。でも、無表情なのにアサギが〝とても気が立っている〟のは分かって、ぼうっと見ていた。


 ふうむ、とツヴァイツァーが平気そうに考え込む。


「アサギは、ちょいちょい物騒だよな」

「ずっと世話を焼いてる、可愛い仔狐ですからね。――人間と違って、俺達の時間は長いんです。結婚を、ただの道具とする人間の思考は理解できません」


 望むだけの長い時間を、共に過ごすことができる。愛し合う時の長さは、人間の一生よりも、遥か。


 ツヴァイツァーは、少しの間きょとんとしていたが、ふっと柔らかな苦笑を浮かべた。


「オウカや他のあやかし達も、同じことを言っていたよ」


 でも命に限りがあるからこその、深い愛情だってある。それを分かっていたから、アサギは仕える者らしい仰々しさで「御意」と伯爵家の主人に応えた。

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